私たちは頭で理解できることだけを
「知っている。分かっている。」
というのであれば、
それを
「知らない。分からない。」
と言うでしょう。
その分からないそれを知りたくて、分かりたくて、
知る旅に出ます。
その旅を終えて振り返ると、
それは確かに
自分にしかありえなかった道だと思うはず。
それは全て自分が望んで選んだものの軌跡なのだから。
それでも
「知りたい。分かりたい。」というのは、
その選択の為に必要で、
その為に
「知らない。分からない。」設定を
あえて作り出しているとも言えます。
一つ一つ思い出しながら、
辿るように。
人生は迷宮謎解き脱出ゲームのようなものなのかもしれません。
過去の成功や失敗も
次の問い(選択)の材料となるし。
そういえば
「無知の知」
というソクラテスの言葉がありましたね。
自らの無知を自覚することが真の認識に至る道であるとする、ソクラテスの真理探究への基本になる考え方。
デジタル大辞泉より
今日も、ここまで読んで頂いてありがとうございました!