「休みたいなぁ」
そう思ったとき、あなたはどうしますか?
すぐに休む?
それとも、「でも、これくらいで休んじゃダメだよね」「まだ頑張れるし」「もっと大変な人もいるし」なんて、自分を説得する?
私は、「休みたいならいつでも休めばいいじゃん」とは、あんまり思っていません。
いや、休むなって話じゃないですよ。笑
あんだけ「休もう」「休もう」って言ってるくせに?って感じですよね。笑
いえね。
休むことって、ものすごくシンプルなことのようで、この現代を生きる我々にとっては、結構奥が深いんですよ。
ただ「疲れたから休む」だけじゃない。
「休みたい」と思ったときに、本当に今の自分に必要なのは休むことなのか。
それとも、もう少し頑張りたいのか。
あるいは、頑張り方そのものを変えたほうがいいのか。
そこを自分で考えて、自分で決めることが大事なんじゃないかなと思っています。
だって、やりたいことを叶えようと思ったら、当然、やりたくないことや逃げ出したいことも出てくるから。
私だって、レストデザイン®を休み方の文化やカルチャーにしたいと思っているから、今いろんなことをやっています。
営業なんて、全然得意じゃない!断られるのにいまだにビビって、なかなか踏み出せないことも。
寝ていたい日だってあるけど、夜にオンラインで仕事をすることもある。
人見知りなのに、頑張って交流会に行くこともある。
「苦手です」「疲れました」「やりたくないです」だけで全部やめていたら、たぶん私は、他のことでも同じように逃げ続けると思う。
私には、叶えたいことがある。だから、「ここは頑張りどころだな」と自分で決めてやっている。
でもね。だからといって、「苦手なことでも頑張り続けるのが正解です」と言いたいわけじゃないんです。
ここが、難しいところ。
何を頑張るのか。どこまで頑張るのか。いつ休むのか。いつやめるのか。
これは、人によって違う。
私にとって「ここは頑張りたい」と思うことが、あなたにとってもそうだとは限らない。
逆もそう。
だから、私はあなたに「こうしたほうがいい」と答えを渡さないんです。
その答えは、あなたが決めることだから。
ただ、そのためには、自分のことをちゃんと知っておく必要がある。
今の私は、本当はどうしたいんだろう。
これは、ただ面倒だからやりたくないのか。
怖いから逃げたくなっているのか。
それとも、本当にもう限界なのか。
今ここで休むことは、自分を守ることなのか。
それとも、叶えたい未来のために、もう少し頑張りたいのか。
自分の中をちゃんと見て、自分で答えを出す。
その答えが「休む」でもいい。
「もう少しやってみる」でもいい。
「やめる」でもいい。
きっと、絶対的な正解も不正解もない。
大事なのは、「私は本当はどうしたいのか?」を、自分で考えて、自分で決めること。
そして、もし本当に心や身体が限界なら、そこは話が別です。
耐えられないほどつらい。涙が止まらない。眠れない。食べられない。
そんなふうに、生命や健康を害している状態なら、「もう少し頑張らなきゃ」じゃない。
離れていい。
すぐに。
自分を守ることは、逃げることじゃない。
休んで、離れて、それで少しずつ元気になって、新しい未来が見えてきたのなら。
それはもう、逃げた甲斐があるってもんですよ。
そして、ここでちょっと大事なことがあると思ってて。
そのときの選択が良かったのか、悪かったのかなんて、その瞬間にはわからないんですよね。
たぶん、人生のあらゆる出来事がそうなんだと思う。
特に、苦しいことや悲しいことなんて、望んで経験したいわけじゃない。
できれば避けたいし、その真っ只中にいるときは「なんでこんな辛いこと、悲しいことが起こるの?」と思うこともある。
でも、あとになって振り返ると、「あの経験があったから、今の自分がいる」と思うことって、結構ありませんか?
私にとって、うつ病になったこともそうです。
そのときは本当に絶望でした。消えたいって思った。
でも、もしあの経験がなかったら、今の私はレストデザイン®をやっていない。
今の生き方、働き方、考え方にもなっていない。
もちろん、「うつ病になってよかった」なんて思っているわけじゃありません。そりゃ、しんどかったもん。この記事を読んでくれてる皆さんにもなってほしくない。
ただ、あの経験が今の自分につながっていることは確かなんです。
苦しかったことも、嬉しかったことも、うまくいったことも、失敗したことも。
全部のパーツが、自分の人生を作っている。
だから、そのとき起こっている出来事が、自分にとって良いことなのか悪いことなのかなんて、その場で決めなくてもいいんじゃないかなと思う。
休むことも。
頑張ることも。
やめることも。
続けることも。
そのときの自分が考えて選んだことなら、その先を歩いていけばいい。
そして、あとから「あの選択でよかった」と思えるように、自分の人生を歩き続ければいい。
全部、自分にとっての「正解」にしていけばいいんじゃないかな。
休むって、ただ何もしないことじゃないんですよね。
自分を守るために休むこともある。
もう一度進むために休むこともある。
もっと遠くへ行くために、あえて休むことだってある。
だから私は、「休む力」って、「生きる力」につながっていると思っています。
そして、自分でちゃんと考えて、自分で決めたなら、誰かが何を言ってきても、全部を真に受けなくていい。
「それは甘えだ」
「根性がない」
「みんなやってる」
「そんなことで休むなんて」
「周りに迷惑がかかる」
……まぁ、いますよね。こういうこと言う人。笑
自分ができることは、他人もできると思っている人。
あーうるさいうるさい。たとえそう思ってても、ちょっと1回黙っててほしい笑
でも、そういう言葉を聞いたとしても、あなたが自分で考えて、自分の状態を見て、それでも「私はこうする」と決めたのなら。
そんなに気にしなくていいんです!
その言葉で悲しくならないで。
傷つけられないで。
だって、その人はあなたの人生を生きてくれるわけじゃないから。あなたの身体も、心も、未来も、その人が代わりに背負ってくれるわけじゃない。
だったら、自分の人生のことは、自分で決めていい。
むしろ、そこで「そんなこと言われたから」と自分の決断を曲げてしまったら、あなたの人生の主導権を、その人に渡してしまうことになる。
そんなの、もったいない。
私は私の人生を生きる。
そのために、自分で考えて、自分で選んだ。
だったら、それはその人のいう逃げなんかじゃない。
あなたが自分の人生を生きるための、立派な決断。
そして、もしそんな決断をしたあなたに、どうしても理解してくれない人がいるなら。
……逆に、ラッキーかもしれない!
「あ、この人とは大事にしているものが違うんだな」
そうわかったら、離れていい。
自分を守るために休むことも、未来のために頑張ることも、何かを手放すことも。
全部、自分で選んでいい。
その選択を、自分で引き受ける。
私は、それが「自分の人生を生きる」ってことなんじゃないかなと思っています。
休む力を育むと、生きる力もついてくる。
忘れないで!
あなたの人生の主導権は、あなたの手の中にある!