処方された薬が、袋のまま3日間置いてある人へ——飲んだ夜のことを書く

処方された薬が、袋のまま3日間置いてある人へ——飲んだ夜のことを書く

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処方された薬が、もう何日も袋のまま置いてある。

飲もうと思うたびに、手が止まる。

「依存するのが怖い」「弱くなる気がする」 「このまま目が覚めなかったら」——そんな言葉が頭の中をぐるぐるしていませんか。

その気持ち、私にもありました。全部。

「飲む怖さ」には、ちゃんと名前がある

薬を前にして動けなくなるとき、そこには3つの恐怖が混ざっています。

①「体がおかしくなる」恐怖・・・ 副作用は?依存は?日中ぼーっとしたら仕事は?——頭の中で最悪のシナリオが並び始める。

②「弱い自分を認める」恐怖・・・薬に頼るのはサボりじゃないか。自分の意志でなんとかできるはずだ。 そう思って、もう少し我慢しようとする。

③「変わってしまう」恐怖 ・・・飲んだら、何かが取り返しのつかない形で変わる気がする。 今のつらさのほうが、まだ「わかる」感じがする。

どれか一つでも当てはまったなら、あなたは一人じゃありません。

そして、だからこそ伝えたいことがあります。

その恐怖は正しくない——薬は「弱さ」ではなく「道具」だった


私が初めて眠剤を処方されたとき、袋を開けるまでに3日かかりました。

背中を押したのは、たった一つのことです。

「飲まないまま眠れない夜のほうが、もっとつらかった」

眠れずにいると、考えたくもないことを考え始める。 誰でも知っている、あの感覚。 その時間に比べたら、副作用への恐怖は「可能性」に過ぎなかった。

飲んでから、たぶん30分くらいだったと思います。

その30分が、とても長く感じました。目をつむって、とにかく余計なことを考えないようにする。「まだ眠くならない」「効いてないんじゃないか」——そういう声を頭の端に感じながら、ただじっと待っていました。

いつ眠りに落ちたのかは、わかりません。気づいたら朝でした。

最初に感じたのは、「朝が来た」という安心感でした。眠れない夜は、朝が来ること自体が怖かった。「また一睡もできなかった」と確認する瞬間だったから。でもその日は違った。目を開けたら朝で、それだけのことが、ひどくほっとした。

体にはまだ眠気のだるさが残っていて、そのまま二度寝、三度寝をしました。でも、それでよかった。眠れなかった日々と比べれば、頭は確かに少しだけスッキリしていた。

劇的な変化ではありません。ただ「眠れた朝」が一回あったこと。
それが、最初の小さな足場になりました。

抗不安剤を飲まないと決めていた私が、飲むまでの話


眠剤とは別に、抗不安剤も処方されていました。

でも私は、ひそかに「よほどのことがない限り飲まない」と決めていました。理由はシンプルです——「薬なしでは生きていけなくなるのが怖かった」から。

何度か不安の波が来ても、ぐっとこらえました。

その夜は、何をしていたわけでもありませんでした。テレビを見ていただけ。

それなのに、急に不安が押し寄せてきました。きっかけは何もない。ただ突然、心臓がバクバクし始めて、手が震えて、呼吸が浅くなっていく。

「このまま死ぬんじゃないか」——本気でそう思いました。

我慢してきた抗不安剤を、そのとき初めて飲みました。もう「飲まない」と決めている場合ではなかった。

最初に落ち着いたのは、胸の動悸でした。バクバクという音が、少しずつ静かになっていく。それに合わせるように、呼吸も深くなっていった。

体が落ち着いてきたのを感じて、すぐ横になりました。眠剤も飲んで、そのまま眠ることにしました。

布団に入って、少しだけ泣きそうになりました。悲しいのとは違う。「死ぬかもしれない」という恐怖から、いったん戻ってこられた。その安堵で、涙が出そうになった。

あの夜に気づいたのは、「飲まない」と決めていたのは意志の強さではなく、ただの消耗だったということです。

薬を飲みながら「これでいいのか」と思ったすべての夜に


薬を飲み始めてからの1週間は、何かをしていたとは言えない日々でした。

部屋が無音だと、いろいろなことを考えてしまう。だから見もしないテレビをとりあえずつけていました。noteで同じ境遇の人の投稿を眺めてみたり、本を数ページ読んではやめてを繰り返したり。それ以外はベッドで横になっていました。

食事は「薬を飲むため」だけに摂っていたようなものです。1日1食。お米だけ炊いて卵かけご飯にする。米を炊く気力すらない日は、ウーバーイーツで頼む。それで精一杯でした。

傍から見れば、「何もしていない人」だったと思います。自分でもそう思っていました。

「ただ寝ているだけの自分は、何かから逃げているだけじゃないか」

頭ではわかっていました。回復には時間が必要だと。でも罪悪感と焦りは、理屈を無視してじわじわ滲んできます。

転機になったのは、「無理に動こうとするほど、回復が遠のく」と気づいた日でした。

体が「今は休む」と正直に反応しているなら、その声に従うことが、もっとも近道だったのです。

でも今はわかります。あの時間、体は必死に回復しようとしていた。脳が「もう何も処理しなくていい」という状態をようやく許可した、静かな準備期間だったのだと。

変化に気づいたのは、1週間ほど経った頃でした。ふと、以前好きだったゲームを少しやりたくなった。それまでは趣味だったものにすら一切興味がなくなっていたのに、「やってみようかな」という小さな意欲が戻ってきた。

劇的な回復ではありません。でもあの瞬間、「少しずつ、戻ってきているのかもしれない」と初めて感じました。

飲んでいい。頼っていい。それは弱さじゃない。


もし今、処方された薬を前に戸惑っているなら。

飲むことへの恐怖や罪悪感は、あなたが弱いからではありません。それはむしろ、自分に対して真剣だからこそ生まれる感覚です。

でも、その感覚に従って動けないでいる必要はない。

飲んでいい。 頼っていい。 それは自分を守るための、正しい判断です。

焦らなくていい。あなたのペースで、少しずつ。


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