人の選択

人の選択

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学び
父親はモテたし、女好きだった。
イケメンで頭も良く。絵も上手い。
読書家でもある。資格も多く習得していた。腹筋は毎日200回。

今の私でも
勝てるのは、身長ぐらいかもしれない。

中1の終わりぐらいだと思う。

家の電話が鳴った。

少し変な日本語…若そうな女の声。 
父親の下の名を呼んでいた。

母が電話をかわった。
父親が居なかったからだ。

何か会話をしていたが、その話を私は聞いていない。
電話のあと、母はうなだれて、
すすり泣いていた。

しばらく私は
声をかけることができなかった。

悪いことが起きているのは
わかっていたが、
どう声をかけたらよいかが
わからなかった。

「ハワイから女が来た」

私を見ずに、母は震える声で
独り言のように言った。

どうやら、父親に会いに
女が空港に来ているらしい。

そういえば、何度か
国際郵便がきていた。

その度に夫婦喧嘩をしていた。
きっと、その差出人だ。
その差出人は、父親の出張先だった、ハワイの女だろう。
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しばらく経って
父親が仕事から帰ってきた。

母は、父親に泣きながら
わめいた。

私は立ち尽くしている。

父親は、
空港に迎えに行くと言い、
母の制止を振りほどきながら
出かける支度をしていた。

着替えを鞄に入れているのが見えた。

(終わりだろうな)

私は父親との関係が崩れる音を
聞いていた。

母は脚に障害がある。

父親が振りほどいた時によろけて
転んだ。

それでも這って
父親の脚にしがみついている。

(もう終わりだよ)

私は意外にも冷静だったが
母が不憫でならなかった。

私の選択は

母と同じように、もう片方の脚に
しがみつくことだった。

私はしがみつきながらも

(変なコントみたいだな)

…と思っていた。

結局
父親は、
しがみつく私たちを振りほどいて
去っていった。

残された母は
倒れたまま泣いていて

私は
何の力にもなれない
自分が情けなくて泣いていた。

灯りもつけない家の中で。
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その後、父親とは別居
そして離婚。


私が高校を卒業して
東京に引っ越す時に
数年ぶりに父親と会った。

彼なりの申し訳なさなのか
東京へ引っ越す手伝いや費用は出してくれたが
いくら父親らしいことをされても
私には何の感情も無かった。

東京で父親は
私を風俗店に連れて行った。

男同士の何かを伝えたかったのか
よくわからないが
断るのも舐められる気がして
ついて行った。

私はただ、個室で会話をしながら
酒を飲んでいた。

「時間だけど、どうする?延長する?」

「お願いします。」

くだらない抵抗か反抗か
ただ30分待たせることに
何の意味があるのか

中身のない会話をしながら
考えていた。

店を出た私に
父親は、笑顔で色々と聞いてきたが

(父親ヅラするの痛いよ)

と思っていた。

私はこの父親を
恨んだりはしていない。

この話だけ切り取ると
最悪の人間に思えるが
よい面もたくさんあった。

血の繋がらない私を
育ててきたのは事実だ。

この話をしたのは
私の波乱万丈人生の一部を知って欲しかったことと、

そして…

思い返してみると、
様々な選択があったということに気づいた。

あらためて、人生は
大小色んな選択で構成されているし
結果(人の成長という意味)においては、よい方の選択をしているのではないか、という思いを伝えたかったことが理由だ。

なぜそう言えるのか…は
今までのブログ、今後のブログを見れば、わかるだろう。

つまり私は今、幸せだ。

だから、今までの選択は後悔はあっても間違いとは言い難い。

たとえ後悔した選択でも、その後悔や苦しみ、恥ずかしさは、私を形成する肥やしになったハズだ。

家庭菜園から学んだことを思い出した。

私は小松菜だ。

土という環境がいる。日々の太陽や水も必要だ。

その土は、肥沃とは限らない。
石ころだらけの
やせた土だったかもしれない。

私の間違った選択は、
色んなものを腐らせたかもしれない

それでも、それは、
土にとっての堆肥となり、
私の成長に寄与したのだ。
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花は散りかけて、実をいまだに結べない小松菜の私であるが

余りある肥料のおかげで

ここまで生きている。



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