「こうあるべき」が増えるほど、人間関係は苦しくなる。

「こうあるべき」が増えるほど、人間関係は苦しくなる。

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コラム
夕方、仕事を終える時間が近づいた頃。


他部署の後輩から、メールが届いた。
「明日の午前中までに、確認をお願いします」

画面の右下に表示された時刻を見る。


こちらにも、今日中に終わらせたい仕事が残っている。

「依頼するなら、もっと早く伝えるべきだ」
「相手の予定も考えるべきだ」

頭の中に、いくつもの「べき」が浮かんだ。


そのまま返信画面を開く。

言葉を打つ指に、少しずつ力が入る。

こちらの都合を考えてほしい。
急な依頼には対応できない。


間違ったことを書いているとは思わなかった。
送信しようとしたところで、別の仕事が目に入った。

時間も残っていない。


返信を下書きに残し、その日は会社を出た。


翌朝、もう一度メールを開く。

昨日書いた文章は、思っていたより強く見えた。


念のため過去の資料を確認すると、自分が内容を勘違いしていたことにも気づいた。

もし、あのまま送信していたら。


自分の勘違いに気づかないまま、相手だけを責めていたと思う。

わたしを怒らせたのは、急な依頼だけではなかった。
「仕事は余裕を持って頼むべき」
「相手の事情を考えるべき」


自分の中にある決まりから、相手が外れたことも怒りを大きくしていた。
「こうあるべき」という考えが、すべて悪いわけではない。


その奥には、自分が大切にしているものがある。

早めに依頼してほしいのは、準備する時間を大切にしたいから。
予定を確認してほしいのは、お互いに無理なく働きたいから。


同じ気持ちでも、
「あなたは、もっと早く伝えるべきだ」
と相手へ向けるのか。

「わたしは、準備する時間を大切にしたい」
と自分の思いとして受け取るのか。


それだけで、次に選ぶ言葉は変わる。

「べき」を相手へ向けると、正しいか、間違っているかの話になりやすい。


自分へ戻すと、本当は何を大切にしたかったのかが見えてくる。

相手の行動を、何でも受け入れる必要はない。

嫌だったことを、我慢する必要もない。


ただ、怒りのまま言葉を渡す前に、
「わたしは、何を大切にしたかったのだろう」
と一度だけ考えてみる。


「べき」は、自分を苦しめる決まりではなく、自分の大切なものを知る手がかりになる。
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