【5年目の告白】母を見送った私が、今も後悔していること 2026.03.31

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こんばんは。普段は陽気なサリーですが、今日は少しだけ、心の奥にしまっていた話をさせてください。

もし、これから大切な人を見送る方がいたら——
同じ後悔をしてほしくない。そんな想いで書いています。

今から5年前の3月30日。
21年間続いた母の介護生活が終わりました。

ちょうどコロナ禍の中で、思うように面会もできないままの別れでした。

3月上旬、医師から「覚悟をしてください」と言われていたものの、その後は大きな変化もなく、どこかで「まだ大丈夫」と思っていた自分がいました。

当時は面会制限が厳しく、週に1回、たった5分のリモート面会だけ。
Zoomなのに病院まで行って繋ぐその時間が、唯一母と会える時間でした。

その後、奇跡的に個室が空き、毎日5分だけ直接会うことが許されました。
短い時間でも、手に触れられることが、どれほど嬉しかったか——今でも忘れられません😭

そして、その日は突然訪れました。

悲しみの中で母を自宅へ連れて帰りながら、同時に、長い闘病生活から解放されたんだという想いもあり、心はとても複雑でした。

その夜、葬儀の打ち合わせで目に入ったひとつの言葉。
「エンバーミング」

——少しでも長く一緒にいたい。

その一心で、私は家族に十分な相談もせず、その処置を選びました。

結果的に、母と過ごせたのは2日間。
隣で眠る時間は、確かに幸せでした。

でも今、はっきり思うことがあります。

あの選択は、本当に母のためだったのか。
それとも、自分の寂しさを埋めるためのエゴだったのか。

数年後、エンバーミングについて深く知ったとき、心の奥にあった違和感は「後悔」に変わりました。

すべての機器から解放され、やっと自由になった母に、私はまた何かをしてしまったのではないか——そんな気持ちです。

日本には「湯灌」という、身体を清めて送り出す文化があります。

今の私は、特別な事情がない限り、できるだけ自然な形で見送ることも、ひとつの優しさだと感じています。

これはあくまで、私自身の体験です。
正解は人それぞれだと思います。

でも、もしこれから同じ場面に向き合う方がいたら——

「少し立ち止まって考える時間」を持ってほしい。

感情のまま決めるのではなく、
その人にとって、本当に穏やかな見送り方は何か。

どうか、後悔の少ない選択をしてください。

大好きなお母さんへ。
本当にごめんなさい。
そして、ありがとう。

この想いが、誰かの小さなヒントになりますように。


それでは、
明日もあなたにとって、よき流れが続きますように💖
Have a relaxing night ✨

水野サリー

※『エンバーミング』とは 
· 血液の代わりに防腐液を入れる
· 消毒・殺菌を行う
· 必要に応じてお顔や体を整える
· アメリカ:約90%以上 (土葬の為)
· ヨーロッパ:30〜70% ( 〃 )
· 日本:2~4% (火葬)


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