50代になって、
ふと自分の「上司としての姿」を振り返ることがあります。
私は、いわゆる
「優しい上司」でした。
部下の話はよく聞く。
否定はしない。
強い言葉も使わない。
周囲から見れば、
「いい上司」に映っていたと思います。
実際、部下からも
「話しやすいです」
「一緒に仕事しやすいです」
そう言われていました。
でも、ある時から
心のどこかに、
小さな違和感が残るようになりました。
──部下は、成長しているだろうか?
ミスをしても、
「次は気をつけよう」で終わる。
判断が甘くても、
「まあ、今回は仕方ない」で流す。
確かに職場は穏やかでした。
でも同時に、
部下の壁を、
私が先回りして取り除いていたのではないか。
そんな思いが、
少しずつ大きくなっていったのです。
ある日、
部下が同じミスを繰り返しました。
その瞬間、
私は初めて、はっきりと言いました。
「これは、見過ごせない」
正直、ものすごくエネルギーを使いました。
心の中では、
「嫌われたくない」
「関係が悪くなるかもしれない」
そんな声が何度も浮かびました。
叱るのは、しんどい。
できることなら、避けたい。
でも、その時は
逃げなかった。
結果、どうなったか。
部下は一度、落ち込みました。
気まずい空気も流れました。
けれど数週間後、
彼の仕事の姿勢は、明らかに変わりました。
確認を怠らない。
判断の理由を言語化する。
何より、自分で考えようとするようになった。
その姿を見たとき、
私は気づきました。
「優しい上司」と
「良い上司」は、同じではない。
本当に良い上司とは、
叱るときは叱り、
厳しくするときは厳しくする人なのだと。
人は、叱るときにエネルギーを使います。
怒れば、嫌われるかもしれない。
空気も悪くなる。
だから、怒らない。
もしくは、怒れない。
でもそれは、
相手を思っているからではなく、
自分が傷つきたくないから
なのかもしれません。
他人がかわいいのではなく、
自分がかわいい。
そう思ったとき、
私は「優しい上司」でいることを、
やめました。
部下の未来に、
ちゃんと向き合う上司でありたい。
そう思った、
50代の今です。
もしあなたも、
「自分は優しすぎるのかもしれない」
そう感じたことがあるなら。
それはきっと、
部下のことを本気で考えている証拠です。
叱ることは、
冷たさではなく、覚悟。
私は、そう信じています。