「同じ話なのに、 なぜか聞ける人と聞けない人がいる」

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先日、子どもが入学する学校の保護者会があった。
先生たちの説明を聞きながら、ふと思ったことがある。

なぜか人によって、話が聞こえる時と聞こえない時がある。

1人目の先生の話も、資料通りに始まる。

また、つまらない話を聞かなくてはいけないのかもしれない。
そんなことを思いながら資料を見ていた。

文字ばかりの資料。
読めば内容はわかる。

きっとまた、眠くなる時間だ。

その時、ふと疑問が浮かんだ。

どんな条件なら、眠くならないのだろう。

きっちりとした資料に沿って、ほぼ同じ内容の説明が続く。
手元にも資料、スクリーンにも同じ資料。
基本的には、その内容を読み上げていく形だ。

同じトーンで、テンポも一定。
息継ぎや間も短く、少しまくし立てられるような印象。
熱量だけが多く、頭の中では飽和状態。
気づくと、何も入ってきていない。

そんな説明が二人続いた。

そして三人目で、空気が変わる。

資料は同じ。
スクリーンも同じ。

違うのは、話し方だった。

目線は会場を見ている。
資料ではなく、本人の言葉から話が始まる。
間がある。呼吸を感じる。
テンポやトーンにも強弱がある。

そのリズムに合わせて、話が頭の中に入ってくる。

単にその人のキャラクターということではなく、
きっと「聞かせる技術」なのだと思う。

表情が見える。
言葉に温度がある。

話の上手な人は、
自分がどんな喋り方をしているのかを
きっとわかっているのだろう。

でも、もう一つ思ったことがある。

ただ聞こえてくるのではなく、
聞こうと思って聞く時には、
聞く側にも何かしらの目的がある。

同じ場所で同じ話を聞いていても、
人によって反応が違うのは、
その目的の違いなのかもしれない。

さて、私はどうだろう。

話の内容が見えた瞬間、
聞くことをやめてしまっている気がする。

きっとこんな話だろうな。
どうせ資料通りなのだろうな。

そんなふうに予測したところで、
意識が少し離れている。

でも、その途中で
予想していなかった話が入ると、
また意識が戻ってくる。

もしかすると私は、
予測できる話を
「つまらないもの」と
勝手に決めてしまう癖があるのかもしれない。

どんなに面白く話をしても、
聞く側が受け取ろうとしていなければ、
届きにくいのかもしれない。

同じ雨でも、
恵みの雨と感じる時もいあれば、
雨にたたられたと感じることもある。

それは、その雨を
望んでいるかどうかの違いに
少し似ている気がする。

同じ話でも、
聞こえ方が変わる瞬間って、ありませんか。
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