「できない私を、ちゃんと見てみたら」

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できない自分を見るのは
少し勇気がいります。


理由が欲しくなったり
早くできる側に戻りたくなったり。

ときには、
誰かのせいにしてしまえたら
楽なのに、と思うこともありました。

見ないで済むなら
そのほうが気楽な気もします。


私も、
できない自分を前にすると
どこかで目を逸らしていました。

気合が足りないのかもしれない。
考えすぎなのかもしれない。
そのうち動けるようになるはず。


そうやって、
「今の私」から
少し距離を取っていたように思います。


でもあるとき、
できないままの自分
そのまま見てみようと思いました。

責めるためでも、
変えるためでもなく。


ただ、
そうなんだね」と
確かめるように。


すると、不思議なことに
できない理由を
無理に探さなくなりました。

代わりに見えてきたのは
疲れていたこと。
守ろうとしていたものがあったこと。
これ以上、無理を重ねたくなかったこと。


できない私は、
何も怠けていなかったし、
止まっていたわけでもなくて。

ちゃんと、
立ち止まる理由を持っていました。

できない自分を
どうにかしようとする前に、
ちゃんと見てみる。

それだけで、
少し呼吸がしやすくなることがあります。


何かができるようになる前に
まず、
ここにいる自分を置いていかない。


それもまた、
進み方のひとつなのだと思います。



もし、
一人で見つめるが少しつらいときは
話すことで呼吸が楽になることもあります。
必要なときに、思い出してもらえたら。
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