最近、「カルマって何ですか?」というご質問をいただくことが増えました。
言葉だけ見るとちょっと怖い印象があるかもしれませんが、
私にとってカルマは、
“心がこれまで書きためてきた〈手帳〉のようなもの”
というイメージに近いです。
たとえば、
同じ場面で何度もつまづいてしまったり、
人との関わりでなぜか同じパターンに流れこんでしまったり。
「あれ、まただ…」と思うような瞬間は、
心の手帳の過去のページがそっと開いたタイミングなのかもしれません。
そこには、
その人がこれまで大切にしてきた気持ちや、
手放せなかった痛み、
何度も確かめてきたテーマが書かれていて、
ページを読むたびに
「ああ、私はこういうところで反応しやすいんだ」
「このテーマがまだ心の奥に残っているんだ」
と、少しずつ心の仕組みが見えてきます。
カルマは“裁かれるもの”ではなく、
“自分の心の癖をそっと理解するためのメモ”。
未来を決めつけるものではなく、
これからの歩き方を軽くするヒントのような存在です。
心の手帳って、
たまに読み返すと「こんなこと書いてたんだ」と驚くのに、
どこか懐かしい。
そんな、不思議でやさしい相棒みたいなものだなあ、と感じています。
……と、ここまで書いたところで、
ひとつだけ小さなお知らせを。
ココナラでの名前表記を
「理科準備室の博」から「Haku」に変えることにしました。
深い理由はなくて、
カルマや前世を“心の手帳”として扱う鑑定が増えてきた今、
この表記のほうが自分の仕事に馴染むな、と静かに思っただけです。
博の名前はこれからも大切に持ち続けますので、
どうぞご安心ください。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
次回は、心の手帳の「書き換わる瞬間」について書いてみようと思います。
Haku(旧:理科準備室の博)