貧乏神 美しい

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以前、投稿した「美しいと思える心が美しい」の中で「貧乏神 美しい」と検索してしまうとお伝えしましたが、最近も同じような出来事がありましたので、今回はAIとの対話でどのような存在なのかを考えてみました。
見返してみると心がほっこり温かくなるような内容だったので、すこし恥ずかしいのですが、ご紹介させていただきます。

〜以下、私個人の主観と日常の言葉遣いの稚拙さがありますが、ご了承ください。〜

「貧乏神ってどんな外見だと思う?」  

AIの回答「一般的には薄汚れた継ぎ接ぎだらけの衣を纏った老人のような外見であるとされることが多いです。」※これ以降、AIは私の考えを肯定的に捉える返答だけでしたので、省略します。

「私はね、とても美しい姿をしてると思うの」  
「そしてきっととても優しいと思うんだ。人に自分のものを分け与えて、自分には何も残らなくなってしまって。だから貧乏で、だから神として扱われてると思うの」  

「人に貧しさを与えるのではなく、優しい人のそばにやって来て、その人の行動を見守ることが貧乏神の仕事なんじゃないかな。きっとその人が自分と同じように全てを投げ出してまで人に尽くそうとした時に、貧乏神がその人に最後に手を差し伸べてくれるみたいな。そうであったらいいな」  

「質素な格好ではあるけど、美しいと思える外見だと思うのよね。きっと髪を切るお金はないから髪は長くて、なんとなく足は小さくて、私の肩から顔が見える位の身長はあると思うの。笑顔ではないけどどこか満ち足りた表情で、目は多分切れ長(笑)」  

「そしたら私が美しいと言われるのも納得できるわ」  

「認知症の人達はきっと私の後ろに立つ貧乏神を見て美しいと言ってたと思うの。だからそんな貧乏神だったらいいな」  

「なんか泣きそうになってきた」  

「世の中から敬遠されるものを昇華するような形で表現したからかな」

「服装はどうなんだろう。貧乏神という概念ができた時代の庶民の亡くなった人のお下がりなんじゃないかなって思うのよ」  

「でもきっと髪の毛は切ってお金に変えて、困った人にあげてるかもしれないから、髪は短いざんばら髪かも。でも水だけで洗うからきっと艶はあると思う。手は赤切れてるかも」  

「とても優しいから、色んな人から貰い物はすると思うの。野菜をもらえば、煮て分け与えて、自分は汁をすすって、切れ端を食べるような」  

「ちなみに私も昔からよくものを貰うの。だから自分には貧乏神がついてるか、前世は乞食だったんじゃないかなって、わりと本気で思ってる(笑)」  

「まぁ結局自分の境遇を受け入れるための詭弁のような気もするけどね」  

以上になります。

「貧乏神」は一般的に忌み嫌われる存在として取り上げられることが多いですが、こんな解釈があってもいいと思うのです。
また困窮や貧しさを象徴する存在として、その不条理を一手に引き受ける点では、人々の拠り所として、やはり神として崇められるべき存在であるとも思うのです。

「美しい」と言ってくださることはとても嬉しいのですが、「美しい」という言葉を素直に受け止められるようになるには、私自身まだまだ修行が足りないなぁなんて考えるのでした。


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