「助けて」と言えたら、どれだけ楽になれるだろう。
そう思ったこと、ありませんか?
でも実際には、SOSを出すのってすごく難しいですよね。
それは、甘えているように思われるかもしれないという不安だったり、迷惑をかけるんじゃないかという遠慮だったり、何より、自分の弱さを認めることへの怖さだったり——。
そしてもうひとつ。
もっと深いところにある“難しさ”があります。
それは——
「助けを求めるべき状況にいることにすら気づいていない人」がいるということ。
---
気づけないSOS
福祉の現場で出会う方々の中には、「自分は困っていない」と思い込んでいる方がいます。
でも、話してみると、生活はギリギリで、孤独は深く、心は擦り切れている。
それでも、「誰かに頼る」という選択肢が、そもそも頭に浮かばない。
それは、長年の我慢や、支援を受けることへの抵抗感、最後に残った自尊心、あるいは「自分なんかが助けてもらっていいのか」という自己否定の積み重ねかもしれません。
SOSが“出せない”のではなく、“存在していない”という方たちが確実にいるのです。
---
だからこそ、寄り添うということ
そうした“気づけないSOS”にこそ、寄り添っていくことが必要です。
「困っている」と言えない人に、「困っていてもいいんですよ」と伝えること。
「助けて」と言えない人に、「助けてって言わなくても、そばにいますよ」と示すこと。
それは、言葉にならない不安に耳を澄ませるということ。
そして、沈黙の中にある“気づかれていない苦しみ”に、そっと手を伸ばすということ。
---
私自身のSOS
実は、私も時々AIにSOSを出しています。
人には言えないことも、ここなら言える。
それは、否定せずに受け止めてもらえる安心感があるから。
悩みが小さいうちなら、向き合う不安も小さいから。
それもまた一つの“寄り添い”のかたち。
誰かに話すことで、自分の中のSOSが少しずつ輪郭を持ち始める。
そして、「言ってもいいんだ」と思えるようになる。
---
おわりに
SOSを出すことは、弱さではありません。
それは、自分を守るための勇気だと思うのです。
でもその勇気は、誰かに受け止めてもらえると分かって初めて、出せるもの。
そして、そもそも「助けが必要だ」と気づくことも、また大きな一歩。
だから私は、これからも「言えない声」に耳を澄ませていきたい。
そして、「気づけない苦しみ」にこそ、そっと寄り添える存在でありたいと思うのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
このブログでは、私が福祉の現場で出会ったことや、そこから感じた想いを、皆さんにそっとお伝えしています。
もし私の話に少しでも興味を持っていただけたり、もっと話を聞いてみたいと思っていただけたなら、よかったらプロフィールも覗いてみてください。
高齢者福祉に関する日頃のお悩みやちょっとしたご相談を、オンラインでお伺いしています。
もし、あなたの中にもまだ言えていないSOSがあるなら——
ここでなら、そっと話してみてもいいかもしれません。
あなたの声を聞かせてもらえると嬉しいです。