子育てを終えて思うことー「子育ては親育て」だったと気づくまで

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コラム
子どもたちが成長していく過程は、親にとっても「学び直し」の連続でした。
三人それぞれ、性格も歩くスピードも心の動き方も違う。
その一人ひとりの“物語”を振り返ることで、私は自分がどのように親として育ってきたのかを知ることになりました。

子ども達が自立し、巣立っていった今。
ふと振り返ると、子育てがうまくいかないことに向き合い、悩みながら進んできたたくさんの「そのときの自分」が浮かんできます。
そして今更だけど、自分に余裕ができた今になって、気づきました。
子育てとは、子どもを育てた時間であると同時に、自分が“親として育てられた時間”でもあったんだなと。子どもたちは、同じ親から生まれたとは思えないほど、一人ひとりが違いました。
見た目も性格も、好みもペースも、何もかもが違う。
その違いの中で一緒に過ごしてきた日々が、気づけば私を親として育ててくれたのだと、今はしみじみ感じます。

まず、長女は、生まれたときからのんびり屋さんでした。
2週間遅れで生まれ、授乳にも時間がかかり、排便もなかなか順調ではなく、初めての子育てに、戸惑い、困り果てて、助産師さんに何度も相談したことを覚えています。
幼児期も行動はゆっくり、歩き始めもおしゃべりも遅めで、この子は「本当に大丈夫かな」と気をもむ毎日でした。
小学生になると、元気いっぱいの男の子たちの中で、マイペースな彼女は時にからかわれることもありました。
その経験は、彼女が高学年で教室に入りづらさを感じる一因になっていたように思います。

あの頃の私は、答えを知らないまま、ただ一生懸命に寄り添うしかありませんでした。
けれど今となっては、その試行錯誤こそが、私を少しずつ“親として育ててくれた時間”だったと感じています。
子育てを終えたいま、記憶に残っているのは「もっと完璧にできたはず」という後悔ではなく、

その時の自分にできる精一杯を積み重ねてきた日々 への優しく静かな回顧と若かった自分への労いです。

もし同じように悩みながら子育てをしている方がいたら、今だから伝えられることがたくさんあります。
「大丈夫。親も、子どもと一緒に育っていくものだから」
のんびり屋さんで、ゆっくりゆっくり育っていった長女。


親子でぶつかり、迷い、回り道をしたからこそ見えたものがあります。
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