オススメの映画:『(500)日のサマー』
今まで見たアメリカ映画の中で一番印象に残っているものは、と言われたら真っ先にこの映画をあげるかもしれない。
あれは確か21歳の夏、さわやかな恋愛映画でも見て気分を盛り上げよう——そんな軽い気持ちで、近所のビデオ屋でこの映画のDVDを借りたのは誤りだった。
アメリカ映画だし、どうせ最後にはなんやかんやで主人公とヒロインがくっついて終わるんだろ、と思いきや、見事に期待を裏切られた。
主人公、可哀想すぎませんか??
● 問題のプロット
トムはさえない非モテ男子。対してサマーは超美人でモテまくる。
サマーはかなり初期の時点で「真剣な付き合いはできないわ」とトムに告げるのだが、この彼、持ち前のカンチガイくんぶりを存分に発揮。
やがて雲行きが怪しくなり、最終的には全く相手にされなくなる。 連絡を絶たれた挙句、あっさりと別の男に乗り換えられ&結婚されておしまい。
……というね。
● 半ギレ
非モテ男子の現実を映画で再現しなくていいから!! 共感性羞恥で悶え死ぬ!!
あの「期待と現実」が画面分割で流れるシーンの残酷さ。非モテ経験者には「効きすぎる」描写のオンパレード。
● 真面目な考察:認識の断絶
正直、この映画は男女、それも「住む世界が違う者たち」のすれ違いを非常によく描いていると思う。
1. 「自尊心のアウトソーシング」としての恋愛
恋愛を承認欲求と所有欲、独占欲などが複雑に絡み合った互恵的扶助関係、いわば「自尊心のアウトソーシング」ととらえるなら、サマーにとってトムとの関係はそもそも恋愛ですらない。
2. 代替可能な「暇つぶし」
常に引く手あまたのサマーにとって、基本的にトム(ないしトムのような男性)は代替の利く暇つぶしの道具でしかなく、そこに愛も依存もない。
3. 「パンの枚数」理論
非モテのトムの側から見ると、「弄ばれた!」「たまったもんじゃない」という被害者意識を溜めてしまうが、サマーからすれば:
「貴様は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか」
というレベルの温度感。ここに埋めようのない根本的な認識のズレがある。
結びに
この映画は「運命の恋」の物語ではなく、「独りよがりな解釈が砕け散る」物語だ。 21歳の夏にこれを引いてしまった自分に同情するが、同時に、これほどまでに「痛い」記憶として刻まれる映画も他にない。
未見の(特に自信満々な)男子諸君、覚悟して見てほしい。