はじめに
心の波と向き合う日々
子どものころ、私は母の感情の波を間近で感じながら育ちました。
喜びや怒りに触れるたび、自分の心も揺れました。
でも、怖くて「トイレに行きたい」とさえ言えない瞬間もありました。
そんな経験が、後の人生での感情の受け止め方に大きく影響しています。
幼少期の母との関わりが与えた影響
母は専業主婦で自宅で家庭教師をしていましたが、神経質な性格で、厳しく、細かい優しさを持ち合わせていました。
その中で、私は自分の気持ちを言葉にできないもどかしさを抱えて育ちました。
怖くて言えなかったことが積み重なり、49歳になるまでインナーチャイルドを癒せず、社会との関わり方に悩む日々が続きました。
感情の揺れを理解する体験
母の感情に触れることで、私は「心は揺れるもの」ということを自然に学びました。
学生時代もずっと無意識に体感してはいたものの、理由を言語化できませんでした。
怖くて押し殺した感情も、今振り返ると自分を守るための大切なサインだったのです。
ある時、私の発言に対して母に感じ方がおかしいと言われましたが、その発言の方がおかしいと思いました。
学校では、友達との関係に満足できていたけれど、将来の夢がありませんでした。
一日を過ごすことだけでいっぱいいっぱいになってしまっていたのです。
でもこの様な感情の揺れを理解する体験は、今思えば自己受容の第一歩でもありました。
困難な瞬間に学んだ受容の力
長い道のりでしたが、母との衝突や自分の感情が抑えられなかった瞬間も、心を柔らかく保つ練習になりました。
「まずは生きられていることに感謝、ありのままの自分を受け入れる」という習慣を少しずつ身につけることで、社会との関わりや人間関係に少しずつ自信を持てるようになりました。
どうしても受け入れられない時は、ただひたすらありがとうとつぶやきました。
その後、しあわせだと感じることが増えていきました。
母に責められることで自分を責めることを止められなかったのに、自分で自分に感謝できるようになっていきました。
日常の中で実践した感情の整理法
怖くて言えなかった自分の気持ちや、インナーチャイルドの声を、言葉や文字にして(ノートに書いて)整理する習慣を持つようになり、ずいぶん楽になりました。
そうすると、愛する人との関わり方にも変化がありました。
日記に書く、声に出して認める、深呼吸で落ち着く――
こうした小さな工夫が、心の波を穏やかにしてくれます。
母だけでなく、父からも時々非難を浴びることがありました。
家族みんなが典型的な口下手だったのかもしれません。
父母との関係から得た自己理解
父母との関係を振り返ることで、自分の感情の癖や反応のパターンもゆっくりですが、理解できるようになりました。
「怖くて言えない自分」も含めて受け入れることができると、社会との関わり方も少しずつ変わってきます。
新しい会社での就職が決まった日、玄関で靴を迷っていた時のことでした。
退職して暇な父親は、「クビになるよ!」と言ったのでした。
そして、本当に1ヶ月もたたずに辞めることになったのでした。
こんなことが40代も前半まで続きました。悩みぬきました。
悟りを開きたいとも思うほど悩みました。
私がここまで生きてこれたのは父母のお陰。感謝するより他に道はありませんでした。
とはいえ、自分を押し殺す必要は全くありません。
会社で言えないことは、家で言わなければなりません。
どこかで吐き出さなければ、息が詰まってしまいます。
心の波を穏やかにする習慣
感情が荒れるときは、呼吸を整える、感情を書き出す、自然に触れるなど、母との日々で学んだ小さな習慣を意識します。
49歳になった今でも、こうした日常のケアが、心を柔軟に保つ大切な支えです。
今までは寝込むことで直していたのですが、それでは時間がもったいないと思うようになりました。
まとめ
両親との日々が育てた心の柔軟性
父母との関わり、怖くて言えなかった経験、そして長く癒せなかったインナーチャイルドとの向き合いを通して、私は心の波を受け止める方法を学び、を育てました。
インナーチャイルドのケアがいかに大切かが分かった今だからこそ、心理カウンセラーの資格も取りました。
個人の性質によって、向き不向きの仕事があるとはいえ、感情に振りまわされた経験は、誰かの役に立つスキルです。
感情を恐れず、受け止め、整理する力は、現在も社会との関わりにも生きています。
これからもこれまでの日々に感謝しながら、心の波と柔軟に向き合っていきたいと思います。
最後までお読みくださりありがとうございました。