子供が欲しかったのか、正解が欲しかったのか

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コラム
「早く孫の顔が見たい」
と言われても・・出来なかった

出産適齢期の限界が迫ってくると
妊婦さんを見るとイライラした
欲しくないはずなのに
嫉妬した

女性として生まれてきて
女性特有のことをできずに
私は女性としての機能が終わるの?と
何とも言えない気持ちだった

その当時の世の中は
出来ない人には
制度も風潮もデリカシーがなかった
「子供を産んでいないから国の役に立っていない」
とまで言われて
開いた口が塞がらなかった

嫉妬するくらいだから
欲しかったはずなのだ

なのに私は
「欲しい」
「でも、作りたくない」
「出来たら仕方ない」
「でも、いらない」

結婚していた25年近く、ずっと
こんなことを考えていた

離婚後に付き合っている人にも
同じことを思って10年過ぎ、

女性としての機能は消えた

「結局、できなかったなぁ」
でも、ホッとしてる
自分がいる

・・そうなのかな?
私がおかしいのかな?

妊婦さんに嫉妬していたけど
私に子供ができたとしたら
本当に幸せだったのだろうか?

そうやって
自分と対話していったら
少なくとも私の場合、
その嫉妬は
本当に子供が欲しいという願いから
出てきたものではなかった

他人が押し付けた幻想を
幸せと勘違いしていたから
嫉妬しなくていいはずの現象に
嫉妬していたのだ

私は、
子供が欲しかったのではなく、
“女ならそうあるべき”という
他人が作った正解から外れることを
怖れ、失敗だと思い込んでいた

でも、正解から外れたからといって、
私の人生が間違いになるわけではない

私は、私の人生を生きただけだ

今、満たされているから
それでよかったのだと思う
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