この世界は水鏡の世界であると、私は思います。私たちは岸辺でそれを見ている……というよりも、水に浸っている、つまりこの世界に没入しているので、私たちが変化すると、水面に波紋が広がるようにして、直ぐではなくとも徐々に、水鏡の像は、私たちの身の回りの環境は、その姿かたちを変えるのです。
ですから、この世界は幸せに満ちていて、自分に優しい世界であると信じていると、自然とあなたの周りの環境はそれに相応しいものに変化していき、逆にこの世界は不幸に満ちていて、自分には厳しい世界であると思い込むと、それに相応しい不幸があなたの身に降りかかることが多くなるのです。
例えば、”自分の身の回りの人は意地悪である”と信じ込んでいる人がいるとしましょう。その人は、些細なことにも敏感になり、本当はそうではない行動に対しても、これは自分に対しての意地悪であると誤解をする可能性は高くなるはずです。
すると、さらに”自分の身の回りの人は意地悪である”という信念が増長され、周りの人に対する態度が硬化することになるでしょう。その硬化した態度を受けて、周りの人はその人のことを、腫れ物に触るような態度で接するようになることは当然であると言えます。
このように、この世界はあなたの心の影響を受けて変化していく世界なのです。常日頃から相手が悪い、自分は不幸だと考えていては、なかなか負のループから抜け出すことはできません。
あなたの身の回りの出来事であれば、それがどんな事柄であっても、相互に作用しており、自分の行動の影響を全く受けていない事柄はありません。たとえそれが完全に外からの影響に見えても、「自分がその影響を受けにいった」とも言えるのです。
良いことが起きたら、きっと自分の心持ちが良かったのだ、悪いことが起きたら、自分に何か原因はなかったか、どうすれば良かったかを探るという視点を持つことは、重要な処世術になると言えるかと存じます。