「新時代の子育て」母としての私

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私のもう一つの顔


3月17日からココナラで電話相談を始め

現在相談件数317件、お悩みを「ひも解く」という
私の好きで得意なお志事で、
お手伝いさせて頂いてまいりました。

でも、私にはもう一つの顔があります。


私には2人の子どもがおります。
ひとりは芸術家肌で大好きで得意な
「まつ毛」をお手入れするという
お仕事をしながら、幸せに生きている娘。

ひとりは、小学校3年生の時
「学校に行かない選択」をして
好きなことをしながら生きて、
常に自分と向き合い続け

若いながら苦悩を生き、絶望、
そして自分で「生きる」ことを決め

小中高と、ほとんど学校に行かずに、
自分が決めた理想の大学への入学を手にした、
息子がおります。

この息子。

おそらく皆さん一度は目にされたことが
あるのではないかと思います。

一度どこかで耳にしたことがある
「あの子か!」であったりされると思います。

息子は若くして
「大炎上を何度も経験したことがあります」



忘れもしない、息子が9歳、
総理夫人、安倍昭恵さんと繋がった時。

忘れもしない息子が9歳、嵐の二宮君の「ニノさん」に
出演したあの時。

忘れもしないクリスマス、ビートたけしさんのテレビ
「テレビタックル」に出演した時。


その度に私は、それでも自分の子育法を
変えることはないのか‥‥
それでも、自分の在り方を変えないのか。

そんな風に自分と真剣に向き合ってきました。


見本とする子育てが見つからず
その子育ては困難を極めました。
この子育てにおいて私は2度、闇に落ちました。

その度に、自分の「無意識」という
潜在意識の存在を憎み

「無意識」にすら責任を
取っていかなければいけないという
人間の仕組みに絶望してきました。

でも、そんな苦しみから
私を救ってくれたのは心理学でした。

その昔に生きた先人たちの「生の声」でした。

気が狂いながらも、自分を見つめ、
自分を理解しようと必死に生きてきました。

先人の考え方を知ることで、
私は自分の現在地を理解することができました。

それは、私にたびたび訪れる
絶望の中に見えたかすかな光でした。


私の息子の名前は


『中島芭旺』

小学校三年生の時に「学校に行かない」選択をし
「好きな人から学ぶ」と決め、
自分で好きな人のところへ出向き
堀江貴文さん、茂木健一郎さん、本田健さん、
平本あきおさん、心屋仁之助さん、市村よしなりさん、その他にもさまざまな方々の所に、自分でアポを取ってひとりで出向き、学んでおりました。

自分で学びを深める中、同時期にたまたま生まれた
プロジェクトと繋がり『異能』を生きる子供たちと出逢う事で
私自身、大丈夫だ、このままでいい、と「安心」を頂きました。
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時に、東京大学「異才発掘プロジェクト」
ホームスカラーとして
時に、孫正義育英財団の会員として、
彼は生き生きと自分を生きていました。

孫正義育英財団は、
とにかくその子がやりたいことを、
孫正義さん自身が直接応援するもので、
ざっくり言うと
「孫正義さんから直接アドバイスを受けることができる」
「学びに必要な資金を孫正義さんの私財から投資頂ける」
「孫正義さんの人脈を全て紹介していただける」
というものでした。
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プレジデントファミリー、小学館、新聞各所、
メディア各所で、その息子の在り方、そして私の子育て法は
取材を受けました。

まさに私の子育ては、日本の進化と共に生きた
「新時代の子育て」でした。

息子は、新時代の子供の在り方として
インプットするだけでなく、
アウトプットする機会を多くいただいてきました。
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(こちらは東京JCさんのイベント「新時代の子育て」で孫正義さんの弟さん孫泰三さんとイベント登壇したときの写真です)
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(YouTubeでも動画がいくつか残っており、渦中にいる時は必死すぎて私自体何も感じていなかったのですが、今見ると最高におもしろい息子だと…改めて思いました。)

反抗期の訪れ


「好きなことだけして生きる」
さまざまなユーチューバーがそんな声を上げ
インフルエンサーたちが声を大にして、
そんなことを唱える新時代「風の時代」に突入。

息子は毎日ゲーム三昧。
朝起きて寝落ちするまでゲーム三昧
部屋からは、楽しそうに会話する声
ゲームの対戦相手なのかよくわからないけれど
「怒鳴り合う声」が聞こえるようになりました。

このころから私は、本当にこれで良かったのか
本当にこれで大丈夫なのか、
そんな風に気持ちが揺れ動くようになりました。

世界的ベストセラー作家になった息子への信頼感。
夢中になったことを、いとも容易く形にしていく
新時代を生きる人類を、お預かりしている母
という感覚と先の見えない不安が
同居する日々を送るようになりました。

そんなある日、息子に唐突にこう言われました。

「あなたは私に常識を教えなかった」
「私は今、インターネットで常識を学んでいる」

えーーー!?そっち?そっちがあるの?
驚きと戸惑いでいっぱいになりました。

そして同時期、娘から泣きながら
「あなたは嘘つきだ!」
「あなたは、私のことを皆に愛されている
と言いながら育てた!

「うそつき!!!!」

私はただただ戸惑い、
思考が止まり頭は真っ白になっていました。

虐待をされ育った私


私は、2歳の頃タンスに入れられ
3歳の頃、縄で柱にぐるぐる巻きにされるという
虐待を受けて育ちました。
その影響は人生を困難なものにしました。

その時に思い込んでしまった前提
「どうせ私は愛されない」
「頑張らなければ愛してもらえない」

そんな人生脚本をアラフィフになるまで
生きていました。

最高に愛してくれる旦那様でした。
子どもも生まれ、家を建てる時も「鍵だけはつけてね」
と言われただけで、1000㌫私が好きなように
自由に「億というお金」を使わせてもらい
自宅を建てさせてくれる、
浮気も、お酒も、たばこも、女遊びもしない
神様みたいな旦那様でした。

そんな日常の中でも、どこかいつも「空虚」で、
旦那様が稼いでくるお金を湯水のように
浪費しました。

月に100万位使っていたと思います。
それでも何も言わずに「あなたは本当はどうしたいの?」と
優しく私の全てを尊重してくれる神様のような方でした。

そんな結婚生活も自分で破壊しました。

その頃の私は自分は「愛される資格がない」
勝手に思い込んでいて、愛を受け取り拒否していたのです。

そして、自分が不幸なことを親のせいにしながら、
不幸でいることで「親に復讐」するかのように
「恐れの人生」を生きていました。

そして二度目の結婚
そしてその旦那様を『ガン』で亡くしました。
そのころ丁度、息子の本を闘病中の小林麻央さんが読んでくださった流れで海老蔵さんと交流が始まり、そのご縁で女性自身で、旦那様の死を記事にしていただきました。

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その頃ちょうど息子が本を書き、テレビに出まくっていて私は、息子のサポートと旦那様のがんの看病で、毎日いつ寝たのか、いつご飯を食べたのか、どうやって生きていたのか、覚えていないような時間を生きていました。

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(小学館さんの取材は旦那様がなくなった数日後の取材でした)

今あの頃の自分を見ると
自分のお世話を何一つできない状況の中
とても疲れているのに笑っている姿が映っていて
愛おしく抱きしめてあげたくなります。

日本を飛び出て各国の国営テレビ取材そして活動。


ノルウェーで息子の本が出版されると
ノルウェーの出版社さんのご招待で
ノルウェーへも行きました。

知らない間に「国営テレビ」に
出演することが決まっていたり(笑)

小学校へ表敬訪問したり…

ノルウェーの各メディアの取材で、素敵な美術館を貸し切ってくださってそこで撮影をさせて頂いたり。
私も、中島芭旺を育てた母として、取材を受けました。

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これは台湾の国営テレビが8ケ月間私たち親子に密着し
台湾版の「情熱大陸」に出演したときの映像です。

実は私は日本より台湾で有名だったりします。

世界は想いで作られていく

この頃、闇の真っただ中にありながら、無理して8か月にわたる密着取材を受けたことが引き金になり、そこから絶望の闇期を過ごすことになります。

その台湾の密着映像が台湾で放映される日、
連絡を頂き、私はひとり自宅で布団にくるまり時が過ぎるのをただただ待っていました。

台湾で放映後、反響が良かったという事で、YouTubeに上げてもよいか打診が来たのですが、その時は即お断りさせて頂きました。


自分の映像を見るのが怖かった。



撮影していただいていた頃も
体調が悪いことはわかっていたのですが、
人の為、世の中を良くするため、
そんな使命感を持った自分が頑張ってしまった。

そしてそこからの落差を感じる闇に落ちた自分は、
あの頃の自分が嘘つきに見えてしまい怖かった。

でも、私のメンタルが落ち着いてきたころ
8か月間密着取材の時、翻訳で見えていた女性の方との
メールのやり取りを経て、その動画はその後YouTube上で公開されました。
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そんな想いと共にYouTubeにに
公開していただきました。
こんなふうに世界は想いで創られていくのです。

安部昭恵さんの笑顔にすくわれた日


息子の出版、そして夫の病死、そして引っ越しに次ぐ引っ越し、この8か月の密着取材の過労が決定打となり精神を病み、この放映が台湾で行われる頃は
自宅でぶるぶると震えながら怖さと戦っていました。

あんなにかっこいいことばかり言っていたのに
今の私といったら精神を病んでいて
絶対に誰にも知られたくない…

誰にも言えず、誰にも頼れない日々を過ごしました。
誰のlineにも返事が出来なくなっていました。

完全に内側の自分と(本当の自分)とこう見られたい、こうあるべきだという自分と本当の自分が乖離し、病名にすると「適応障害」や「解離性障害」ネットで見るそのものの症状を生きていました。

誰にも言えず、苦しくてきつくて、ネットで病院を調べてみるけれど、どの先生もご自分が同様の症状を直したわけではない、机上の知識で私を治せるはずがない。病気は作った人にしか治せない!そう思い込んでいて、さらには自分がこうなった流れで、病院に行くと息子との話をしなければいけない事を気にしていた。
普通の人が考えたら、ほぼ妄想のような夢物語のような
現実を生きていた自分を理解していたから、
説明するのにすべての証拠を提出しなければいけないほどの、
話だと理解していたから‥‥

最後の頼み、この方なら信頼できるお医者様を紹介してくれるのではないかと思い、その頃、息子が繋がることで、私たち親子のことをとても応援してくださっていた安倍昭恵さんに相談しようと決めました。

病んでいる期間、何度か昭恵さんからはお誘いのlineを頂いていて、でも、返せなかったり失礼ばかりしていました。

もう、どうしようもなくなって思い切って相談してみると、昭恵さんは東京からその頃私が住んでいた福岡まで会いに来てくださいました。
「何食べたい?お肉?お魚?」
総理夫人でらっしゃるのに昭恵さんは、ご自身でホテルに電話をかけ鉄板焼きのお店を予約して下さり、私の悩みを聞いてくださいました。

「ごめんね!お肉がいいって言うから予約したんだけど」
「個室が空いてなくってね」

「私の願いを叶える為に、ご自身こそ世の中が大炎上している中、すぐお隣には別のお客様が座られているような場所で、私の願い、お肉を食べる。という事を叶えてくださいました」

そして、しっかり3時間ほど真剣に話を聴いてくださった後、昭恵さんは私に向かって「ふふふっ」と笑ってくださいました。

私は、その昭恵さんの「笑顔」を見たときに
「あぁ私は大丈夫なのかもしれない」
そう思いました。

私がもう駄目な状況だったら、
昭恵さんは絶対に笑うはずがない!
そんな「確信」は私を救いました。

私なら大丈夫!
そう信じてくださっている
昭恵さんの想いに救われました。

そこからメンタルは少しずつ回復し、
自分の本を出版するまでに回復したのです。

そして誕生日に「概念革命」出版

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出版業界という場所で
これまでの出版業界の在り方に疑問を持ち、
本当に大切なものを大切にされている「きれい・ねっと」さんという
素敵な出版社の社長さんの在り方に恋をして
「この方と本を創りたい」
まるで結婚するかのような想いで好きになり
丁寧に本を生み出しました。

「概念革命」は、これまでの私の在り方が
ありのまま正直に書き綴られている本です。

これまでの出版業界、ある一定売れなかったら
その創られた本たちは廃棄処分されます。

「きれい・ねっと」の社長さんは、
大切に生み出した本が廃棄されることがないよう、
書店には配本しないという選択を取り、本を売られています。


書店に卸した方が本は売れるに決まっています。
きれいねっとさんは、自分たちが儲けたいという事よりも何よりも、必要な方に必要なだけ届くための努力をされている出版社さんです。

スピリチュアルの重鎮しか出版されていない出版社さんなのですが、私の想いをくみ取っていただき、出版させていただく事が叶いました。

よろしければ一度お手に取っていただけると嬉しいです。Amazonや「きれい・ねっと」さんで購入可能です。

私は病んでいる期間の方が長かったので(笑)
全く売れていないと思うので、出来るだけたくさん買ってあげてくださいませ(笑)よろしくお願いいたします(笑)

目次や内容の分かるものを置いておきます。
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これまでココナラでは出してこなかった
もう一つの私の顔は如何でしたでしょうか‥‥


今後、私はこの自分の生き方あり方を
さらに細かく言語化し(笑)
#note創作大賞2015年という企画に
応募チャレンジ致します。

これは、ビリギャルのさやかちゃんや坪田先生、
そしてノルウェーのオスロで魅せられた
私の最高の未来への一歩です。

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私は、息子を育てるにあたり
モデルとする母親像がありませんでした。

でも、いつも子育てにおいて指針としていたのは
佐藤航陽さんの想像する世界。

子育ての苦悩の中に見ていた小さな光
それは、昔を生きた物理学者「パウリ」の存在でした。

佐藤航陽さんの創る5年後の未来を想像し、息子への教育を選択していった。

「パウリ=ユング往復書簡集」という本を読むことで
物理学者「パウリ」の苦悩に似た自分を理解する事。

今私がこんなふうに辛いのは「パウリ」同様当然のことなのだと思える事。

それは日々の苦悩の中の小さな光でした。
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今人生を振り返り
「人生に無駄なものは何一つなかった」そう思っています。



いま、辛いことがあって解決したい。
そんな時はお気軽にお電話ください。


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