10年後のことは考えない

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こんにちは。子育て&教員のマインドサポーターのhanaです。
ようこそお越しくださいました。

よく「10年先の『なりたい自分』をイメージしましょう。しがらみとか制約とか、何も気にしなくていいですから、自由に書いてみましょう」っていうのを見かけます。

でも、「自由に書いていいのか」と思って書こうとしても、全然浮かんでこない、という方、いませんか?

はーい!!
ここに一人います!

私です笑

全てのしがらみをとっぱらっても、「何がしたいのか」が全然浮かんでこないんです。

「私って、夢がないのかな?」
「寂しい奴だな。。。」

って、ちょっとがっかりしてしまいます。

なので、敢えて「10年前」を思い出してみることにしました。

先のことはわからなくても、前のことはわかりますからね。

10年前・・・2016年、私は何をしていたのでしょうか・・・



娘:8歳(小2)。
私、41歳、中学校教師、中3の担任をしながら進路指導主事。

とにかく仕事が忙しく、娘のことは私の両親に全て任せていました。
学校への送迎に始まり、帰宅後の宿題のチェック、夕飯、私の帰りが遅いときは実家でお風呂まで入れてもらっていましたね・・・。

家事が滞り、毎日きちんとできていたのは朝食づくりと夫の弁当作り、洗濯ぐらい。
掃除なんて週1できればいいほうでした・・・。

陸上部の顧問だったので試合が多くて、休日もほとんど家にいませんでした・・・

振り返れば振り返るほど、ダメな自分です泣

仕事も本当に大変で、私の前任の進路指導主事までは担任をもたなかったのに、私の年は兼務で。
進路指導主事って出張がすごく多いんです。
学級担任なのに、週の半分学校にいない、みたいなこともありました。

もちろん、やりたくてやったわけじゃなくて、何の打診もなく役職が決まっていたので、断ることもできなかったんです。
だから、「やるしかない」という感じでした。

たぶん多くの先生方が「やれと言われたら頑張っちゃう」という特徴をお持ちだと思うんですけど、わたしももれなく、そういうタイプで。

はっきり言っちゃえば「ワーカホリック状態」。
ほんと、家族には申し訳なかったです・・・。

今思い出しても、28年の教員生活の中で、一番やりがいはありましたが、一番疲れた一年でした。



その年は、仕事上のスキルはかなり上がりましたが、家庭を顧みない姿は母親としてどうだったのだろうか、と10年経った今は思います。

あの頃、娘の世話をしてくれていた両親からは、

「そんなに働くことが大切なのか!」とか、
「娘が、お前が帰ってくる頃になると、『お迎え』って言いながら玄関から動かないんだ。可哀想だと思わないのか!」とか、

毎日のように叱られていました。

それでも、仕事を頑張るしかなかったんですね。



そんな両親の介護や世話のために、10年後、仕事を辞めた私。

両親は、
「定年退職まであと10年もあるのに、自分たちのために辞めることになってしまって、申し訳ない」
と言っていますが、

「いや、もういいんですよ。十分働きましたから。これからは恩返しです。今までどれだけ苦労をかけたかを考えたら、もう返し始めなければいけない」

私はそんな気持ちでいます。


10年前、あの激務の中で、「10年後は退職して、親の世話をしているだろう」と考えたことは全くありませんでした。
予想さえできませんでした。

今になると、「あの時にあんな苦労をかけたから、こういう選択をすることになったのかな」とも思います。


10年前の自分と比べて、今の私に成長していることあるとしたら、

「感謝の気持ちを持てるようになった」ことでしょうか。


あの頃は、私の興味関心は外へ外へと向いていて、身近な人(家族)の状況に目を向けることが少なかったです。

でも今は、「母」「娘」「妻」という自分の「役割」をしっかり受け入れて、生きていることそのものに感謝の気持ちをもって毎日生活できています。

「ああよかった、今日もみんな元気だ。」
それが何より嬉しいのです。

「みんな元気でいてくれて、ありがとう。」

10年後になりたい自分の姿は相変わらず見えてきませんが、身近な人に感謝をしながら、目の前にあることを一生懸命やって、日々生きていこうと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

















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