皆同じひとつの目

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コラム
おはようございます。

こちらでのお散歩も気持ちがいいですね。

写真を撮る人との挨拶の交流が起きて

それもまた温かな気持ちになりました*^^*


私たちは”出来事”に一喜一憂してしまうけれど

ほんとは

出来事は純粋に出来事で

その出来事に”私の都合”がくっついているだけ。


常に、私の都合で物事を見ているのですね。


以前表現したことがあるけれど

好きな表現に

”私が神を見る目と、神が私を見る目は同じひとつの目

ひとつの愛 一つの経験”

私が

私がと・・・

この目を通して見ていると同時に

神はこの目を通し、私、そして私から見える感じる全てを

見ている。

目に映る全部がひとつの愛の表現で

ひとつの

経験。

都会にいても、田舎にいても

その表現が起き続け

愛の表現が現れ続けている。


その動きには何の意味も解釈もなく

ただ起き続けてる。


なので・・・

”私の解釈”が手放されれば

自然に

神の目と表現される視点へと移り変わっていくのかもしれませんね。

皆同じ目ですものね^^






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