“醜い感情”を持つ自分を、どこまで許せるか

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嫉妬したり。
比べてしまったり。
認められたくなったり。
見返したくなったり。

そんな自分と出逢う時に、
「うわ、醜いな」
と思ってしまうことって、
皆さんはありますか?

私は高い頻度であります。
(美しくなりたい)導仁です。

多くの人は“綺麗な自分”を理想として、
”醜さ”を遠ざけると思います。
できれば、
かっこよくいたいし、
美しくもありたい。
強くて、
余裕のある人でいたい。
と思うことの方が多いのではないでしょうか。

優しくいたい。
ちゃんとしていたい。
余裕がある人でいたい。

だからこそ、
自分の中にある、
怒りや、
嫉妬や、
執着や、
承認欲求みたいなものを見た時、
素直には認められなかったり。

でも、
そういう感情って、
本当に“醜いもの”なんでしょうか。

もちろん、
人にはそれぞれ課題があって、
向き合って対処する。
その方が良い方向に進みやすいと思います。

ただ、
感情そのものって、
「存在した時点で悪」
というより、
“何かが苦しかったサイン”
でもあるよなぁ…とも思います。

例えば、
嫉妬の奥には、
「認められたかった」
があったり。

怒りの奥には、
「傷ついていた」
があったり。

執着の奥には、
「不安」
が隠れていたり。

でも人は、
そういう感情を持つたびに、
「こんなこと思うなんて最低だ」
と、さらに自分を責めてしまうことがあります。

だから、
本当に苦しいのって、
“醜い感情を持つこと”
より、
“そんな自分を許せないこと”
ではないでしょうか。

どれだけ優しい人でも、
どれだけちゃんとしている人でも、
心の中には、
綺麗じゃない感情が普通にある。
それも含めて、
「自分なんだろうな」
と。

自分くらいは醜い自分も愛していいだろう。
と思うのでした。

導仁より。

あなたが少しでも安心してお話していただけるよう、
学び続けていきます。
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