みなさんこんにちはnobu974です。今回は現代社会の価値観の多様性をテーマにした小論文です。生徒の中には勘違いしている人もいるかもしれませんが、小論文とは「問題に関して論ずる」ことであり、決して「解決策を提示」することではありません。数々の社会問題がそんな簡単に解決できるはずもないので、それを小論文のテストで受験生に求めることもありません。しかし、少しでも改善に向かう為に必要なことは何か?程度には考えてもいいかもしれませんね。
題 課題文(現代社会では他者への行動に関する「選択肢」がたくさんあって面倒だという内容)を読み、それが現代社会に与える影響について800字以内で論じよ
課題文では「選択肢」が及ぼす影響について論じている。人に何か行動を起こす際にはいくつかの選択肢があり、その善悪の基準は主観であると筆者は主張している。
この課題文を読み、私自身の経験から「選択肢」と「偏見」が関わってくるのではないかと考えた。その経験は、私が高校二年生の時に来た留学生との間で起こった事だ。私は彼と流暢に対話できる英語力はなかったので、彼とのやり取りではスマホの翻訳機能を使っていた。いわば「機械を使ったやり取り」という選択肢を彼に押し付けた。しかし、彼が日本に留学した目的の一つに日本語の習得もあったので、出来るだけ自分自身の力で対話することを彼は求めていた。
なぜ私が彼にそのような選択肢を押し付けたのかを考えてみると、おそらく「彼は日本にに来て日本語も分からずに困っているだろう」と私は決めつけていた。それを「偏見」というのではないかと自分自身反省をした。その偏見はコミュニケーション不足によって起こる。この状況を現代社会に置き換えて考えてみると、個人主義の広がりからくる価値観の多様化が進む現代日本において、こういったコミュニケーション不足による偏見は決して珍しくない。もはや自分の主観からもたらされる選択肢だけではなく、全く想定外の選択肢が存在する可能性すらある。従って、この状況が現代社会にもたらす影響は他者への行動に関する選択肢の多さが偏見や差別につながり、社会の分断が深まるという事だ。
昔の日本は地縁・血縁の結びつきが強く、他者との関わりを深くすることで社会運営をしてきた。その中では価値観は共有され、選択肢もそれほど多くなかったように思われる。分断化が進む現代社会で生きる中で改めてその価値を再考してもいいのではないかと私は考える。(731字)