小論文添削例

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みなさんこんにちはnobu974です。本日は解答例ではなく、解答例に至る添削例を掲示します。coconalaでも小論文添削サービスを出品していますので、こちらの投稿をご参考の上、是非ご利用のご検討をお願いします。生徒の名は全てA君に統一します。

A君第一回添削

 まず初めに確認しておきたい事は「優先順位」に関してだ。本試験では、以下の優先順位で臨んで欲しい。

①    試験時間内で答案を完成させる
②    限られた時間でより良い答案に仕上げる

これから話すことは②的な視点だ。あまりこれを深追いして結果的に①の目標を到達できないとなると本末転倒なので、くれぐれもこの優先順位を忘れないように。

 本題に入る。昨日も少し話題に出た全体の構成に関してだ。まず、第一段落では課題文の内容に触れるのだが、設問で「課題文の内容を要約し」とはっきりと出されているのであれば、それは150字~200字程度を割くべきだ。しかし、そうではない場合「課題文の内容を踏まえて」の程度であれば、課題文に触りさえすればいいのだから100字~150字程度書ければ良い。

 なぜこのような話をするかと言えば、基本的に最大800字の小論文というのは「字数がかなり限られている」という事実を再認識して欲しいからだ。文章を書きなれていない時には800字「も」書かなければいけないという感覚を持っていても不思議ではないが、これまでいろいろ書く練習をしてきている今となっては、800字というのはしょうもない上限でしかないことを理解して欲しい。従って、その限られた枠の中で例を出し、自分の意見を主張し、その論拠を明記しようと思えば、課題文に関する内容は必要最小限に抑えたいという視点は当然のことと言える。

 このような視点からまずは第一段落を見ていきたい。

A君解答案
 課題文では「開かれた社会」とはどのようなものかということに言及している。社会を開かれたものにする要素として外の異質な社会との接触を頻繁にすること、他者への寛容を育むこと、そのために自由な討議を重んずるというものがある。世界的に見ればNGOが増え市民社会の普遍化が進んでいると筆者は主張している。この課題文の内容を踏まえ私は日本は開かれた社会になっていないと考える。(180字)

 先日も指摘した通り、yes.no型の問いでない限り、第一段落で自分の意見を明記する必要はない。その点を含め、先述したことを考慮して修正してみよう。
 修正案
 課題文では「開かれた社会」について論じている。その中で筆者はとある論文を題材に日本という国がなかなか開かれた社会になりにくいとの指摘に着眼し、最終的には開かれた社会と世界平和との繋がりを論じている。(99字)

 課題文に触れるというのは、課題文の一部表現をピックアップするのではなく「要するに何の話をしているのか」を拾うことだ。採点対象としての要約であれば、必ず拾わなければならないキーワードなどが模範解答案に設定されていて、それを外さないためにもそれなりの字数を保険として書いておきたいが、今回は特にそういう縛りもないので課題文の主張を適当にまとめればよい。また、課題文の内容を切り貼りするスタイルの要約はどうしても字数を必要とするが、今回の修正案のように課題文の表現を特に使わなければコンパクトになる。A君の課題文要約案が傾向として長めになるのはそういう理由もあると理解しておこう。

 修正案をみると、同様に書くことは難しそうに感じるかもしれないが、要するに課題文を丸無視していきなり自分の主張をするのはまずいので適当に触っとけ、くらいの感覚で書いておけばいいという話。

先ほどの修正案はかなり原案から離れたものになってしまったので、もう少し原案を考慮した案を考えてみる。

修正案②
 課題文では「開かれた社会」について論じている。その中で社会を開かれたものにする要素として異質な社会との接触、他者への寛容さ、自由な討議が重要だと述べている。そして、人々の間で行動様式が共有されるという「市民社会の普遍化」が平和や秩序に繋がると指摘している。(128字)

最初の修正案よりは長くなったが、本来の「要約案」として考えるならばこちらの方が得点を期待できる。なぜなら、課題文後半に出てきた「市民社会の普遍化」というキーワードに言及しているからだ。また、原案に比べて、同じような内容をよりコンパクトな表現に変えている点も見逃してほしくない。以降の参考にして欲しい。

要するに「第一段落はコンパクトに」という話だ。



第二段落に進もう。

A君解答案
 課題文で筆者が主張している通り難民に関する問題が一つだ。日本は他国と比べ難民認定の基準が厳しく毎年数百人から数千人が申請してもわずか数人から数十人しか認定されないこともある。またもう一つの例として私が取り上げたいのが同性婚についてだ。世界を見ると同性婚を認めている国は米国や英国を含め三十カ国以上に上る。一方で日本は憲法上で両性の合意がある場合と記載されているために未だ実現していない。東京都渋谷区にはパートナー制度というものが存在するがそれも同性婚を認めたものになっていない。(239字)

第二段落は具体例や経験談を提示する場だ。そこでポイントになるのは「この後の提示することになる自分の意見にどうつなげていくか」だ。つまり、第二段落の主張は決して主役ではなく、この後くる主役の引き立て役でしかない。しかし、引き立て役が大した仕事をしなければ、主役も活かされないというなかなか微妙な関係になっている。

繰り返すが、第二段落は具体例や経験談を提示する場になるので、どうしても話が長くなりやすい。だからといって、字数稼ぎ的に不要な内容を書いてよいというわけではない。最初に述べた通り、小論文の800字というのはしょうもない上限なので、あくまで必要な程度に書き、その限られた枠の中でより深い内容にしていきたい。

ここの内容については、先日も指摘した通り、難民に関する問題は特に取り上げなくても良い。課題文との接点を持たせるために提示した具体例とも考えらえるが、課題文で取り上げられているなら、尚の事わざわざここで取り上げる必要もない。

そうすると、ここの具体例は同性婚の話題で絞ることになるが・・・・、一旦ポリコレに関して話しておこう。

通称ポリコレ(ポリティカルコレクトネス=あらゆる差別を政治的に排除するべきという考え方)は近年世界を席巻していると言っても良い。それまで、社会的に虐げられていたと考えられる見えない差別(人種問題・菜食主義者・同性婚や同性愛)について改めて多くの人に考えさせるという点では効果はあったと言える。しかし、この流れがこのまま世界に定着していくかとなるとことはそう簡単ではない。その数ある理由の一つは宗教的価値観にある。世界には様々な宗教があり(その中一つにキリスト教がある)、それらの宗教における正しさは「教義」にある。そして、たいていの宗教は割と昔からあり、ポリコレの考え方はどちらかというと現代的なものだ。一口にポリコレといってもその内容は多岐に渡るのでなんとも言えない部分はあるけれども、ポリコレにある多くの考え方が完全に教義に沿っている宗教はおそらくない。例えばキリスト教に関しても、ローマ法王が同性婚を認めるという発言をしたのは有名ではあるが、そのようなことがニュースになるのは「そもそもキリスト教はその教義において同性婚を認めていない」という前提があるからだ。そして、古くからの敬虔なキリスト教信者の中にはこのような考え方を絶対に認めないという人もいる。つまり、世界には様々な宗教があり、その教義とポリコレを比較すると、なかなかにセンシティブな話題であるということだ。

もちろん、このような話題を小論文に書いて、それがポリコレに関することだから評価されないなどのことがあってはならない。ただ、表面的な知識で軽く触れるにはいくらか危険な題材であるということは理解しておきたいということだ。ある意味勇気ある決断が必要な題材なのかもしれない。

改めて修正案を考えてみよう。方向性としては、難民に関する話題はとりやめて、第三段落で書かれていた話題を第二段落に持ってくる。あとは、内容をコンパクトにまとめる。この辺りが修正案の目標だ。また、第一段落との適切なつなぎも考えたい。

修正案
 この課題文を読んで私が考え付いたことは同性婚についてだ。世界では同性婚を認める国が増加する一方で日本では憲法上の理由からまだ認められていない。そして、同性婚を認めないということは多種多様な性の存在(LGBTQ+)を否定することにも繋がる。(114字)

原案をまとめてしまうとこれくらいの字数になってしまう。しかし、いくらまとめるとはいっても、段落二つで250字程度というのはややさみしい感じもある。せめてあと100字くらいはのせておきたい。もう少し話題を深めてみよう。

修正案続き
同性婚に限らず、世界ではあらゆる差別や偏見をなくすポリティカルコレクトネス(通称ポリコレ)の動きが広がっている。日本という国が開かれた社会になっていったかという問いを現代日本に当てはめて考える時、このポリコレの動きに対する日本社会の反応は重要な手がかりになると私は考える。(136字)

これで第二段落合わせて250字になった。第一段落と合計して400字弱なので、ペースとして悪くない感じだ。これで第三段落でも250字~300字程度書いて、あとはまとめれば全体構成としては悪くない感じだ。

具体例・経験談の話をする時に常に持ちたい意識は「今の話がどこに繋がるか」だ。今回は第二段落最後に設問を改めて考えることで、この具体例の意味(又は意義)を再確認した。こうすることで、読み手に対して「なぜこのような具体例をあげたのか」という理由を明確に提示できる。

原案と比較して欲しい点は、具体例と言えども不要な表現があり、それをカットして新たな情報を加えることで全体がどのように整うのかということだ。原案が「やや薄めのスープ」で修正案が「濃いめのスープ」になってることを理解して、一つの理想のイメージにして欲しい。

第三段落に進もう。

ここは何度も言うが「自分の意見の主張」の段落だ。その主張自体が良い内容であっても、それがどれだけ正しい主張であるかを相手に伝えるために適切な順で説明する必要がある。せっかくの素材を調理法や味付けで台無しにするわけにはいかない。

A君解答案
 これらの具体例から分かるように日本は他国と比べ人道的な面でも制度的な面でも後れをとっており十分に開かれていないと言える。このような社会では個人を尊重するどころかその人のアイデンティティまでをも奪ってしまうだろう。ましてや今日グローバル化が進んだことで自国にとどまらずあらゆる国のものの見方が輸入されているため単面的な見方を続けていると他国が日本を好意的に思わず交流が発展するのは難しいだろう。(196字)

原案にあった「さらに先の例のように・・・」からの箇所は第二段落の修正案に使ったので、ここではそこをカットし適当に文脈をとりあえず繋げた。

改めて原案を見直すと、主張は以下の通りとなる
・日本は開かれてない
・こんな社会では個人がくさる
・グローバル化の結果世界に相手にされない

簡単にまとめるとこんな感じ。さて、これを読んだとき多くの読者はどのように思うか?

選択肢1 なるほど
選択肢2 だから何?

現実にアンケートをとることができないので、解答の割合は分からない。しかし、選択肢2と答える人もある程度いるのではないか。

またこの第三段落を読んだ感想としては、「日本という国が開かれているか、現代社会に当てはめてあなたの考えを述べよ」という今回の設問に対し、段落の最初の方で答えが出てしまっているのがもったいないように思う。また、次の第四段落の最初にも「日本は開かれていない」という主張があるので、原案だと、第一段落の最後・第三段落の序盤・第四段落の最初と3回同じ主張が繰り返されている。これは改められるべき点だ。

このあたりを考慮し、修正案を考える。

修正案
 日本でのポリコレの動きを見ると、同性婚に対する動きにあるように欧米のそれを比較すると後れをとっているように感じる。それは言い換えると見えない差別に合う人々を日本社会が放置しているとも言える。これは個人の尊重とは言えない。そして、そのような日本の社会状況をグローバル化が進む現代で他国の人が見た時に、それは好意的には思われない可能性がある。その結果世界の人々と文化的な交流が滞り、世界の潮流に日本が乗れずに取り残されてしまうだろう。その時に起こること(または現代の日本ですでに起こっていること)は、現代において日本という国は世界に対して開かれた社会にはなっていないという事実だ。(288字)

多少情報は追加したが(だから何?の続き的な情報)、基本的には原案の流れに沿って修正した。第二段落との接続を考慮して入り、その後個人の人権やグローバル化の話に進み、最後は問いに対する答えを明記するという流れで終えた。第二段落の具体例の話も、最後の主役である結論の良い引き立て役になっているのではないか。

ここまでは「書くことに慣れる」段階だった。しかし、これからは「より優れた答案を書く」という段階に上がりたい。その時大切なことは、「このネタでどこまで書こう」ではなく「基本的にはコンパクトにまとめ、話をより深めて(前に進めて)いこう」とする意識だ。原案と修正案を比べてみれば、同じ字数の中にある情報量にかなりの差があると分かるだろう。それが「より優れた答案」の正体と言える。

最終段落に進もう。これは軽くまとめればよい。残りの字数は多少意識したいところではあるが。


A君解答案
 このように今の日本は開かれているとは言えない。よって他国のやり方を手本に開かれた社会とは何かということについて考えることが大切だと思う。(68字)

修正案
 社会の目標があるとすれば、それは「平和であること」だ。昔も今も世界では争いが絶えず、全人類が争いなく平和に暮らすということは到達不可能な目標かもしれない。しかし、そこに一歩でも近づくための要素として開放的な社会がある。そのような社会に属する一人として私自身は異質な他者を受け入れ、寛容でありたいと思う。(151字)

では、ここまで書いた修正案をまとめてみよう。

 課題文では「開かれた社会」について論じている。その中で社会を開かれたものにする要素として異質な社会との接触、他者への寛容さ、自由な討議が重要だと述べている。そして、人々の間で行動様式が共有されるという「市民社会の普遍化」が平和や秩序に繋がると指摘している。
 この課題文を読んで私が考え付いたことは同性婚についてだ。世界では同性婚を認める国が増加する一方で日本では憲法上の理由からまだ認められていない。そして、同性婚を認めないということは多種多様な性の存在(LGBTQ+)を否定することにも繋がる。同性婚に限らず、世界ではあらゆる差別や偏見をなくすポリティカルコレクトネス(通称ポリコレ)の動きが広がっている。日本という国が開かれた社会になっていったかという問いを現代日本に当てはめて考える時、このポリコレの動きに対する日本社会の反応は重要な手がかりになると私は考える。
 日本でのポリコレの動きを見ると、同性婚に対する動きにあるように欧米のそれと比較すると後れをとっているように感じる。それは言い換えると見えない差別に合う人々を日本社会が放置しているとも言える。これは個人の尊重とは言えない。そして、そのような日本の社会状況をグローバル化が進む現代で他国の人が見た時に、それは好意的には思われない可能性がある。その結果世界の人々と文化的な交流が滞り、世界の潮流に日本が乗れずに取り残されてしまうだろう。その時に起こること(または現代の日本ですでに起こっていること)は、現代において日本という国は世界に対して開かれた社会にはなっていないという事実だ。
 社会の目標があるとすれば、それは「平和であること」だ。昔も今も世界では争いが絶えず、全人類が争いなく平和に暮らすということは到達不可能な目標かもしれない。しかし、そこに一歩でも近づくための要素として開放的な社会がある。そのような社会に属する一人として私自身は異質な他者を受け入れ、寛容でありたいと思う。(817字)

第一段落の修正案は2番目のものを選択した、そうすると全体の字数が800字を超えてしまったので、他の箇所で字数を削減するか、第一段落を最初の案に差し替えるかの必要がある。最終段落をもう少しコンパクトにしてもいいかもしれない。

全体的に原案と修正案を比較してみると、今回は「課題文に対する意識」が大きく異なるように思える。課題文では最終的には「平和な社会」がテーマになっているので、こちらの小論文でもそこに触れてもいいのかなと思い、最終段落をまとめてみた。

この修正案をしっかり読み、自分の中で優れた答案のイメージを構築した上で新たな課題に挑戦していこう。

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