小論文添削例2

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みなさまこんにちはnobu974です。今日は2つめの小論文添削例を掲示します。同様のサービスをcoconalaでも出品しているので、この添削例を参考にご利用のご検討をお願いします。

A君第二回添削

 今回の添削の狙いは、前回と同様に「コンパクトな表現」「+αの概念」だ。限られた字数の中でどれだけ深く事象に対し考えていけるかのイメージをこの添削から獲得してもらいたい。

A君解答案
 課題文では「選択肢」が及ぼす影響について論じている。人に何か行動を起こす際にはいくつかの選択肢があり、その善悪の基準は主観であると筆者は主張している。(75字)

 ここはコンパクトにまとめられていて、内容も問題ない。しかし、いくつか誤字があったので修正してあるので、どの部分が原案から変えられているのかを確認して欲しい。続けてみてみよう。

A君解答案
 この課題文を踏まえ私は「選択肢」が現代社会に偏見をもたらすと考える。その理由を私の具体例に当てはめて論じたい。高校二年生のときに私のクラスに留学生が来た。彼とコミュニケーションを取る際に立ちはだかったのが言葉の壁であった。私は彼が上手く思いを伝えられずにいるのを見て翻訳機を使うことを勧めた。しかし彼は日本に留学に来たのだから翻訳機に頼らずに日本語で会話をしたいとのことだった。よって私は彼は日本語が上手く話せずにストレスがたまっていると決めつけ、翻訳機を使うのが良いだろうという私の選択肢を彼に押し付けてしまっていた。(259字)

ここの部分を読んでのいくつかの感想
・「翻訳機」という言葉が繰り返されてややしつこい印象がある
・量に対して内容が薄い
・「私の具体例」という言い回しよりも「私の経験」の方が自然

このあたりが修正すべき課題だ。この段落の初めに結論らしきものが書かれていて、これは第三段落の後半で出すべきネタのように思えるが、今回は敢えて第二段落最初に結論に近い情報を持ってくるパターンを試してみる。

修正案
 この課題文を読み、私自身の経験から「選択肢」と「偏見」が関わってくるのではないかと考えた。その経験は、私が高校二年生の時に来た留学生との間で起こった事だ。私は彼と流暢に対話できる英語力はなかったので、彼とのやり取りではスマホの翻訳機能を使っていた。いわば「機械を使ったやり取り」という選択肢を彼に押し付けた。しかし、彼が日本に留学した目的の一つに日本語の習得もあったので、出来るだけ自分自身の力で対話を求めていた。(207字)

 やや中途半端に経験談が終わっているが、実はこの後も文章を続けて書いている。しかし、それを含めるとこの第二段落だけで300字を超えてしまったので、ひとまず第二段落はこのあたりで切っておこうかと考えて、これを修正案とした。

 情報量自体は原案と大差ない。同様の内容をよりコンパクトにまとめるとこうなるという例にはなるだろう。

 着眼して欲しいのは、第二段落冒頭の「前の段落からのつなぎ」の箇所だ。いきなり結論的に言うのではなく、あくまで方向性を示す程度にしておくと後々都合がいろいろいい。修正案では、この経験談と偏見の関係性はまだ出ていないが、これはこのあときちんと回収するので心配はいらない。

問題の第三段落を見てみよう。

A君解答案
 さらにこの例のようなことが現代社会にも当てはまっている。昔の日本は隣人同士が強く結びつき村社会を形成していた。よって同じような価値観を持った人が集まっていた。つまりそれが当たり前となっており、一つの選択肢しか生まなかった。しかし現在では個人を尊重する個人主義が主流になっている。さらにグローバル化の進行によって価値観が多様化しており多くの選択肢がある。しかしこの多様な選択肢が複雑に絡み合い多くの偏見を生み出す。これは本来あるべき個人主義の意味をなしておらず、個人を尊重しているとは言えない。私は偏見とはコミュニケーションの不足によって起こると考えている。よってこのような偏見を改善するためには相手と多くコミュニケーションを取ることが大切だと思う。そうすることによって選択肢が相手のためになると考える。(351字)

この段落はいくつかの問題を抱えているが、それを全体の論理の流れを確認しながら指摘する

・同様のことが現代社会に当てはまる(前の経験談も現代社会の話では・・・)

・昔の日本は・・・しかし現在では・・・(言っていることは正しいが前後関係が?)

・グローバル化の進行による価値観の多様化(グローバル化の話題は必要か?)

・多様な選択肢が複雑に絡み合い多くの偏見を生み出す(ここは大事だが、その主張を相手に伝えるための十分な文脈がない。多様化→偏見を繋ぐものは何か?)

・これは個人の尊重ではない

・その理由はコミュニケーション不足

・そうすることで選択肢は相手のため

第三段落の目標は「設問に対する自分の意見を主張すること」だ。そうなると、この段落のゴールは「多様な選択肢が複雑に絡み合い多くの偏見を生み出す」という意見になるはず。従って、ここの目標に向けて自身の経験談を活用して筋道立てて相手に順番に話を進める必要がある。

また、これは昨日最後にした話と重なるが、今回の問いは「選択肢が現代社会にもたらす影響について論じろ」という話であって、決して「問題点を指摘し、解決策を述べよ」ではない。従って、今回の第三段落の「個人の尊重ではない」以降の話は蛇足になっていることに気づいて欲しい。ネタとして使うこと自体は否定しないが、この話が本来いるべき場所はそこではない。

最大の問題は「経験談が十分に活かされていない」点にある。経験談自体は決して悪い話ではないものの、その経験談と結論(今回でいうと偏見)が繋がっていない。単なる「価値観の押しつけ」の話で終わり、それが「昔は違った」という流れの中で消化されてしまい、その後の結論と十分に結びついていないのがもったいない。

このあたりを考慮して修正案を考える。

修正案

なぜ私が彼にそのような選択肢を押し付けたのかを考えてみると、おそらく「彼は日本にに来て日本語も分からずに困っているだろう」と私は決めつけていた。それを「偏見」というのではないかと自分自身反省をした。その偏見はコミュニケーション不足によって起こる。この状況を現代社会に置き換えて考えてみると、個人主義の広がりからくる価値観の多様化が進む現代日本において、こういったコミュニケーション不足による偏見は決して珍しくない。もはや自分の主観からもたらされる選択肢だけではなく、全く想定外の選択肢が存在する可能性すらある。従って、この状況が現代社会にもたらす影響は他者への行動に関する選択肢の多さが偏見や差別につながり、社会の分断が深まるという事だ。(319字)

「社会の分断」という言葉を最後に出したが、これに関して少し説明しておこう。

日本社会における格差と分断の状況は、次のような点が挙げられます。
・貧困と格差の問題が顕著になり、分断といえる状況になっている
・OECD(経済協力開発機構)の調査によると、家族以外との付き合いがほとんどない人の割合は、先進国の中で日本が最も高い
・戦後の経済発展の中で血縁・地縁・社縁などが失われ、新しい時代に順応したつながりが形成されていないため、社会的孤立度が高いと分析されている

これはAIによる簡単な説明だが、個人主義が行き過ぎた結果価値観の多様化が進み、個々人の「他者性」が高まった結果社会が行き着いた先の姿ともいえる。要するに「他人は他人。どうせ分かり合うことは出来ないし、分かり合おうとするのも面倒だ。それなら自分の相手も不快にならない程度にしているのがうざがられないし楽」という選択を世の中の大半の人がとったら、人と人との結びつきがどんどん薄れ「社会の分断化」が進行するという話。

第三段落の話に戻る。最初第二段落修正案として書いたのは、この第三段落の二文目までだ。ただ、これを第二段落最後から第三段落冒頭へ変えたのは字数バランスだけでなく、第二段落の内容を第三段落へつなぐ役割とした方が有効だと考えたからだ。

また、先ほど「蛇足」と指摘した原案第三段落後半の部分を、修正案の前半で使われているのに気づいて欲しい。あくまで最初の文脈では活きなかっただけで、こういう流れで活用すれば内容自体は間違ってないので有効だ。同じ材料でも使われ方が大事だ。

あとは、個人の話を社会全体に置き換えて話が進んでいるのも読んで理解してもらいたい。最終段落を見ていこう。

A君解答案
現在、社会には様々な偏見がある。そしてそれがやがて差別へとつながってしまう場合もある。私達は選択肢がもたらす影響をもう一度考えなければならない。(72字)

ここはいいことを言っている。特に何が悪いということはない。しかし、第三段落からのつなぎを考えると、ややもったいない。

修正案
 昔の日本は地縁・血縁の結びつきが強く、他者との関わりを深くすることで社会運営をしてきた。その中では価値観は共有され、選択肢もそれほど多くなかったように思われる。分断化が進む現代社会で生きる中で改めてその価値を再考してもいいのではないかと私は考える。(124字)

最後のまとめとして、昔の日本の話題を出してみた。「昔はよかった」というのはありきたりな言い方なので、ここは「その価値を再考してもいいのではないか」という表現にとどめた。

修正案をまとめてみる

 課題文では「選択肢」が及ぼす影響について論じている。人に何か行動を起こす際にはいくつかの選択肢があり、その善悪の基準は主観であると筆者は主張している。
 この課題文を読み、私自身の経験から「選択肢」と「偏見」が関わってくるのではないかと考えた。その経験は、私が高校二年生の時に来た留学生との間で起こった事だ。私は彼と流暢に対話できる英語力はなかったので、彼とのやり取りではスマホの翻訳機能を使っていた。いわば「機械を使ったやり取り」という選択肢を彼に押し付けた。しかし、彼が日本に留学した目的の一つに日本語の習得もあったので、出来るだけ自分自身の力で対話することを彼は求めていた。
 なぜ私が彼にそのような選択肢を押し付けたのかを考えてみると、おそらく「彼は日本にに来て日本語も分からずに困っているだろう」と私は決めつけていた。それを「偏見」というのではないかと自分自身反省をした。その偏見はコミュニケーション不足によって起こる。この状況を現代社会に置き換えて考えてみると、個人主義の広がりからくる価値観の多様化が進む現代日本において、こういったコミュニケーション不足による偏見は決して珍しくない。もはや自分の主観からもたらされる選択肢だけではなく、全く想定外の選択肢が存在する可能性すらある。従って、この状況が現代社会にもたらす影響は他者への行動に関する選択肢の多さが偏見や差別につながり、社会の分断が深まるという事だ。
 昔の日本は地縁・血縁の結びつきが強く、他者との関わりを深くすることで社会運営をしてきた。その中では価値観は共有され、選択肢もそれほど多くなかったように思われる。分断化が進む現代社会で生きる中で改めてその価値を再考してもいいのではないかと私は考える。(731字)

修正案のなかで新たに出てきた概念は「社会の分断」くらいだろうか。あとはほぼA君の原案からの意見を採用している。「論理的に相手に意見を伝える」ということに関して理解を深め、次の論文に活用して欲しい。




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