それは何十年も前の自分の結婚式でのこと…。
私は金屏風の前で「結婚を失敗した」と気が付き泣いたのです。
それを見て、司会の方が「花嫁さんが嬉しさのあまり泣いておられます♡」なんて言っちゃったりして、それを聞いて「違うよっ!」って思いながら一層泣いてしまったのです。
プロポーズをされたこともなく、気が付けばアレヨアレヨと外堀から埋められた様に話が進んでしまい、私の気持ちは何処かに放り出されていました。
今なら「ちょっと待ってくれ」と言えるのに、二十歳の私はそれが出来なかったのです。
どうやってこの流れを止めようか…とても悩んだのですが、結婚を待って欲しいとか、まして別れたいなんて言ったら自分もだけれど家族にも害が及ばされてしまうのではないか…そんな恐怖もあったのは確かでした。
そんな風に思うなんて、もうその頃からモラハラDVの気質はあったのでしょうね。
典型的な長女気質の上にアダルトチルドレンな私には親に相談するなんて微塵も考えず、とにかく自分で解決しなきゃといつも思っていました。
だから結婚なんて大切なこともでも心を開いて相談なんてするわけがありません。
何しろ親が一生懸命になってしまっている状態だから、私が結婚を待たせたり断ったりしたら元夫から危害云々ばかりではなく、親との関係も大変なことになるとも思ったんです。
ずっと殴られながら育った私としては、自分がその切っ掛けを作ることは避けたかったのです。
だけど結婚の少し前まで他の理由で殴られてたから、どのみち一緒だったってことですよね~。
ならば言っちゃえば良かったなぁ。
もうね、その時は揉めるのが本当に嫌だったんです。
自分の気持ちより、皆が丸く収まることを最優先にしてしまったんです…。
そんなことなんて所詮無理な話なのにね...。
本当なら「愛している」「好きだから」って思って結婚するんでしょうけれど、私は「嫌いではない」って感じだったから別れる言葉が浮かばなかったんです。
でも少なくとも嫌いではないのだからお見合いと同じで何とかなるのかも知れないと思ったんだと思うのです。
そんな葛藤の中での金屏風前での涙...。
いくら若かったとは言え、私が未熟で浅はかだったのです。
結婚生活が始まると、事あるごとに「殺すぞ!」と怒鳴られ、舌打ちされ、無視をされ、物は壊され、嫌なことも無理やりやらされて、嫌味を言われ、威圧的な態度でそこにいて、常に元夫のご機嫌を見ながらの生活が始まりました。
時に包丁を振りかざすこともあって、結果的に私はPTSDになってしまうのです。
地方に嫁いだから親と会うこともなくて、電話では何とでも誤魔化せるから誰にも相談することなくドツボにハマっていくんですけどね。
もうこの時点で本当なら離婚ですよ。
でも、モラハラでDVとなるとそこから抜け出すのは精神的にとてつもなく難しいのです。
身の危険を感じる毎日を送っていると離婚への一歩が本当に怖くて、脅されたり、強く抑圧されていると感覚がおかしなことになってしまいがちで、まさに私がそうだったんですが、その渦中にいる時はそれに気が付かないんです。
そうそう、離婚届を常に隠し持っていた時期もありましたね。
友達が「離婚したい!」って言えばすかさず「タイミングって大切だよ!」ってその場で離婚届をプレゼントしちゃったりもしてました(*^_^*)
そしてそんな中で子育てや介護をして翻弄されている内に「本当の自分」を見失って、前に書いたように「いつ天に召されてもいい」なんて人生を諦めてしまっていたんです。
嗚呼、もったいない( ̄▽ ̄)"
お題にある「いつから離婚を考えていたのか」の答えは、結婚直後、いやきっと金屏風の前からなのかも知れないです。
うん、きっとそう、あの涙がその答えですね。
若さって怖い、いろんな意味で本当に怖い。
今なら分かること、出来ることばかりなのに...。
あーーーーー、ワタシってホントにバカ!!!
でも、幾つになってもやり直すことは出来ると信じています。
やり直すと言っても、若い頃の様に出来るわけではないけれど、でも今の私での再スタートは切れるのです。
歳だけは十分なほどに熟してしまったけれど、それすらも無駄ではなかったはず。
柿だってメロンだって熟してると美味しいし、腐る直前が一番美味しいって言うじゃない(≧∇≦)ノ