瞑想とTiktok流し見は何が違うのか考察してみた

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瞑想とTiktok。対極に位置していそうなこの二つ。
実はこれらについて考えてみたことがあります。

考える点は「どちらも思考を停止している」という点。
瞑想は言わずもがなでしょう。
このブログでも何度も触れていますし、その効果は科学的にも証明されています。

対してTiktok。ショート動画全盛期時代の現代を象徴するアプリです。
スマホの画面を上にスクロールすることで次々と新しい動画が流れてくる。
そのジャンルは多様で歌やダンスもあれば教養をサクッと教えてくれるもの、料理を作っているもの、1分で企画をやってしまうものなど多岐にわたります。
私はたまにしか見ないのですが、ものすごい勢いで扇情的な情報がなだれ込んでくるので、思考がいらないといいますか、自分で興味ある動画を選ぶことすらしなくていいのでつまらなければ次々にスクロールし、少し興味があったら手を止める、ということを繰り返してしまいました。

このショート動画ブームは毎年市場規模が拡大し、新規参入するクリエイターもどんどん増えています。
1分以上の動画は長くてみられない、音楽はサビしか楽しくないからイントロもギターソロもいらない、映画館で2時間スマホなしで拘束されるのは苦行といった若者中心の新たな価値観が出てきました。
私は特に問題と思っているわけではないので「新たな価値観」と表現するにとどめたいと思います。

さて、このTiktokですが使ってみると確かに時間を忘れて自分が思考する余地がない状態になることができます。
「時間が溶ける」と言われているのは体感してみてわかりました。
では、思考停止してTiktokを見続けるのは、意図的に思考を止める「瞑想」と同じ効果があるのでしょうか?

みなさんも流石にお気づきかと思いますが、答えはNOです。
「思考を止める」というワード一つで比べたなら共通点があるのは事実ですが、その過程が全く違います。

瞑想は自身で思考に気づき、それを観察し、一体化しないようにすることで頭の中の思考を止めるワークです。
Tiktokの問題点は思考停止になっているものの雑多な情報を滝のように浴びることで脳内が散らかってしまうことだと思います。
そこには他人が作った価値観であったり、他人との比較といったエゴの餌になるようなものも多分に含まれています。
その時は何も考えていなくても見終わって寝るとき、脳が情報を整理する際にいらない情報の山ができてしまい、それらが片付かないと必要な情報まで綺麗に収納できないようになります。

結果、ボーッと動画を繰り返し見ていただけなのに何処か疲れてしまって、他の何もやる気が起きないようなマインドが出来上がってしまうのですね。

Tiktokは決して悪いものではないと思います。私も、こんなにいわゆる「暇つぶし」に適したアプリはないと思いましたし、Tiktok中心に世に出た素晴らしいクリエイターが今後どんな作品を見せてくれるか楽しみにしています。
一方で毎日長時間、ただ見続けるのは注意が必要かなと思います。

脳内にポイポイといらないものを溜めてしまうので、Tiktokを見た後は20分くらい瞑想すると非常に効果的ではないでしょうか。


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