AIの時代のインパクトとして、よく言われる「誰でもできる」
前のブログで誰でもできるものの価値は一体どうなるのかという話を書きました。
今度は逆に価値をどう作っていけるかとうことを書いてみます。
われわれデザイナーにとっては、少々、まぁまぁネガティブな話です。
誰でもできるとはどういうことか?
そもそも誰にでもできるとはどういう事でしょう。
たとえば、
「家を誰でも建てられる」
を考えてみましょう。
もちろん、近代的な日本家屋ですよ。
アマゾンの奥地の方の葉っぱのうちではありません。
ぜんぜん余談ですが、私の祖父の家は昭和初期の建築だったそうですが、祖父の叔父が立てたそうです。
大工ではなく素人だそうです。
戦後に増築して、90年代までありました。
最初期に建てた叔父のぶぶんだけ傾いていました。
耐震やらなにやらない時代ですが、それで南海沖地震も室戸台風も伊勢湾台風も耐えたのですから、技術は持ってたのかな??
とにかく、今は建築基準法やら色々ありますが、何かその辺もクリアできて、何かアプリを入れると特殊能力が身について、何か家を建てられるようになるとします。
建材さえあれば、だれでも家を建てられる。
その時、何が起きるでしょう。
もちろん、工務店は大打撃です。
では、一般の方的にはどうでしょう。
人件費が要らなくなる。
1000万のものが500万でできるようになる。
いや、なんなら200万ずつ作ってもいいわけです。
今年はここ、来年はここ、みたいなこともできます。
田舎の土地にログハウスを、なんて思っている人は、どんどん自分で作るでしょうね。
切羽詰まったニーズがなければ、サグラダファミリアよろしく、出来るまでつくたっていいわけです。
そうです。
誰でもできるようになると、ひとつ大きな価値観の転換が起きるんです。
「費用が掛かるから」の事情は、じつは制作会社の事情であったりします。
その事情が解消されてしまうかもしれません。
つまり、
費用がかかるからやめておこう
が出来るようになる。
です。
今日、われわれデザイナーが「これが一番コスパ良いです」と言うのは、現状の最新技術を使って、我々が外注先として頭を使い手を動かす工数を換算してのことです。
それが「誰でもできる」になっちゃうんです。
変な話、デザイナーの倍時間かかってもいいというケースも出てきます。
その変更は時間がかかりすぎる=外注費がかかりすぎる
だったのが、
その変更は時間がかかりすぎる=でも今スタッフ手が空いてるからイイか
になる可能性も出てきます。
その工法は専門職スタッフを効率的に配置できないかコスパが悪いみたいなやり方も、ぜんぜんできちゃうかもしれません。
大工さんを何日もキープするのは余計人件費がかかるから、短期間で作る方が安く上がる。
これは普通の考えですけど、もし自分で作れるなら、この前提も崩れます。
毎日1時間ずつ作ろう、なんてこともまかり通るわけです。
私は「誰でもできるツール」の真の恐ろしさはここにあると思っています。
それはCANVAも同じです。
いままで手段として現実的でなかった、理想的な方法が出来るかもしれない
こえは専門家に頼むときに、皆さんジレンマとして経験したことあると思います。
出来ればやったほうがいいけど、費用が掛かるから採算取れない。
やめておこう。
普通にありますよね。
それが出来たら理想的なんだけどなぁ。。。。
みたいなこと。
たとえば、あるサービスを作ったとします。
そのサービスは3~50代の男女に向けたものだとします。
チラシ制作には、まぁできれば10万くらい。
後は配布する費用にまわしたい。
30代女性と、50代男性が同じフィーリングなわけないですが、チラシを何種類も作るわけにはいかないので、外注となるどの世代が見ても違和感ないデザインに落ち着くのではないでしょうか。
でもそれが、自分で出来て、外注費がかからないとなればどうでしょう。
少し時間がかかってもいいから社内で作れる。
そうなれば、それぞれの属性向けのチラシを作ったっていいわけです。
メインの全世代用。
50代男性用。
ご近所さん限定。
お得意様限定。
何だっていいです。
社内でどんどんバリエーション作れるなら、作って試してが出来ちゃいます。
もちろんスタッフさんはその分他の仕事できないのでコストがかからないわけじゃないですが、毎月の給料なので外注費としてお金は余分に外に出ていかない。
一つ一つのクオリティはプロよりも劣るとしても、そこそこのものが、多い突く限りのバリエーションをどんどん作れるとなると、マーケティングにおけるチラシの作り方も変わってきますよね。
たとえ60点、70点のできても、手数を打つ方が効果がある可能性は十分あると思います。
もっといろんなアイデアが出てくると思います。
なんなら一人ずつ何かをつく経っていいわけですから。
きっとまだ誰もやっていない新しい試みも見えてくるとおもいます。
ちょっとワクワクしますよね。
今まで出来なかった、小さな細かい、よりニッチな、より個別に特化したことができるようになっていくと、私は思います。
でもそれは、時代が変化するときはいつもそうで、明治時代には「建物の中の内線電話をつなげる機械操作する仕事」が24時間であったそうです。
仕事が形を変えていくのはいつの時代もそうで、なくなる方にフォーカスを当てると大変ですが、生まれてくる方を見ると結構楽しいものです。
デザイナーとしては、次の時代のどこに自分のノウハウを活かせるのか見つけていかないといけませんが、でも、それはそれで楽しまないと。
私もこのブログのカバー画像は毎回AIで作っていますが、10年前なら何時間かかっただろうというものばかりです。
明らかに、従来ならとても予算がかかってできなかったことの一つです。
私もまた「誰でも」のひとりで、従来の何かの価値を喰らい、新しい価値へ転嫁していってます。
この流れに積極的にのっていくのかどうか。
その中で、どんな価値を残して、そして磨きをかけていくのか。
今までの常識が制約になってできなかったことにどんどん挑戦していきたいです。