「子育てはほめることが大事」、「教育はほめることが肝心」、「部下はほめて伸ばせ」。家庭でも、学校でも、またまた会社でも、ほめることの重要性を説くメッセージが溢れています。
「そうだな」と思う反面、責められているような感覚に陥るのは私だけでしょうか。正しさに納得を強いられて、できていない自分を責めてしまう。そういう親御さん、教員さん、ビジネスパーソンさんも多いように思われます。
だから、私たちのなかに存在する「ほめなきゃ」について見つめ直すことがこの記事の目標です。長くなってしまうので、今日はほめることの意味から考えます。
ほめることの効用
まずは、ほめることの効用について考えます。次の3つの効用があります。
1. 自己肯定感を育む|
人はほめられることで自己肯定感が育まれると言われています。
自己肯定感は、「自信」と似ていますが、自分が外界(だれかや何か)に働きかけると、外界が応じてくれるという感覚も含みます。もう少し柔かくいえば、「自分はこの世界に存在しても良い」という感覚です。
2. やる気を育む|
わかりやすいので行動療法という古典的な心理療法の考え方を持ち出すと、「望ましい行動を取ったとき、ほめられると同じ行動を次も取りやすくなる」という効用です。
『アメとムチ』ですね。もちろん、現代社会ではムチを含む暴力は、副作用が多いこともわかっており禁止されていますが。
3. 関係性を育む|
感謝の気持ちや思いやり、愛情などのポジティブな感情を感じると、オキシトシンというホルモンの分泌が促進されます。オキシトシンは「幸せホルモン」と言われることもある、心身の健康や発達に大切なホルモンです。
「ほめる/ほめられる→お互いにオキシトシンが出る→信頼関係が深まる」というメカニズムで、親子関係やパートナーシップが深まると考えられます。
ほめることの問題性
ここまで読んでくださったとしたら、「やっぱりもっとほめなきゃ」と思われたかと思います。ですので、ここではあえて「ほめることの問題性」についても話しておきます。
オーストリアの精神科医であるアドラーは、ほめることの問題性を考察しています。(ただし、「ほめること自体が問題」とは言っておらず、「ほめ方によっては逆効果」という話であることには注意が必要です。)
その考察を参考にしつつ、ほめることの問題性を3つ挙げます。
1. 承認欲求の大きくなる|
「人から認められたい」という承認欲求という言葉は、現在ではよく使われるようになりました。例えば、SNSの「いいね!」をたくさん集めたいのは、人間の承認欲求の成せるワザなのかもしれません。
この承認欲求が大きくなりすぎると、「外からどうみられるか」が最優先になってしまい、自分の内から湧いてくる「やりたいこと」や「ありたい姿」に目を向けられなくなります。
2. 劣等感が生まれる(自己肯定感が弱くなる)|
「ほめる/ほめられる」という行為には、ある種の"評価"のニュアンスが帯びることが多いです。すると、「人に評価される自分は価値があり、評価されないときの自分は価値がない」という限定的な自己肯定感になり、「自分はこの世界に存在しても良い」という感覚は弱まります。
3. 結果だけを重視するようになる|
「結果を出す」。シチュエーションによっては尊いことですが、常に結果を出し続けることはだれにもできません。結果を出せない他者を見下したり、場合によっては、結果を出せればプロセスは気にしない、という価値観を生むことになります。
まとめ
今日は、ほめることの意味を、効用と問題性の両面から見つめました。ほめることはやっぱり大事なんだなぁと思う反面、「ほめることは大事」、「もっとほめよう」と単純化することも危険なのではないか。そのように捉えてくだされば幸いです。
今後の予定
①ほめることの意味(今回)
②ほめ言葉の種類
③ほめテクニックいろいろ
④「ほめられない」をどう考えるか
<参考>
「嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え」, 岸見一郎・古賀史健, 2013, ダイヤモンド社