「もっとほめてあげましょう」
そう言われるたび、「あなたの関わりが悪い」と言われているような気がする。きっと悪気はないのだろうと思いながらも、「ほめることが大事なんて100万回言われてきた。そんなことは分かってる。もうこの人に相談するのはやめておこう」と考える。
心がこんな悲鳴をあげている親御さんや学校の先生、会社のマネジメント職の皆さんに向けて、「ほめなきゃ」を見つめ直してみるシリーズを書いています。
一旦立ち止まって、「ほめることはなぜ大事なのか」「ほめるとは何をすることなのか」「ほめられないときはどうするのか」を考えて、少し肩の荷を下ろしていただくのがこの記事の目標です。
前回は、ほめることの効用と問題性を整理しました。
今回は、「そもそも、ほめるって何をすることなの?」という問いについて考えてみようと思います。
「ほめる」に隠された2つの意味
まずは、「ほめる」の辞書的な意味から探っていきましょう。コトバンク(デジタル大辞泉)で引いてみると次のように説明されています。
1 人のしたこと・行いをすぐれていると評価して、そのことを言う。たたえる。「勇気ある行動を―・める」「手放しで―・める」「あまり―・めた話ではない」⇔そしる/けなす。
2 祝う。ことほぐ。
「ことほぐ」というのは耳馴染みがありませんが、「ことばで祝福する。よろこびを言う。祝福する。」という意味があるようです。(コトバンク(精選版 日本国語大辞典))
つまり、ほめるという言葉の中には、①評価する、②喜びを伝える、という2つの意味が包まれているということがわかります。
ほめ言葉の具体例
評価する言葉「評価系ほめ言葉」の具体例
「すごい」など、評価する言葉としてのほめ言葉(以下、「評価系ほめ言葉」)はおそらくすぐに思い浮かびます。牛丼屋さんの「安い、早い、旨い」や現代の「ヤバい」も評価系ほめ言葉です。
その他、思いつくままに評価系ほめ言葉を列挙してみましょう。
・「上手、キレイ、丁寧、すごい、安い、早い、旨い」→成果をほめている
・「優しい、おしとやか、元気がいい、根性がある」→性格をほめている
・「キレイ、かわいい、かっこいい、背が高い」→外見をほめている
喜びを伝える言葉「喜び系ほめ言葉」の具体例
喜びを伝える言葉としてのほめ言葉(以下、「喜び系ほめ言葉」)にはどんなものがあるでしょうか。代表的なものは「ありがとう」ですね。それから「嬉しい」も喜び系ほめ言葉に当たります。
こちらも思いつくままに列挙してみましょう。
「ありがとう、嬉しい、泣きそう、幸せ、助かる、感動した」
ポイントは、「伝える側の気持ち」がそのまま褒め言葉になっているということです。
より望ましいのは喜び系ほめ言葉
前回、ほめることの効用と問題性を整理しましたが、じつは評価系と喜び系のほめ言葉をまとめて論じることには無理があります。
改めて、前回整理したほめることの問題性をあげましょう。
1. 承認欲求の大きくなる
2. 劣等感が生まれる(自己肯定感が弱くなる)
3. 結果だけを重視するようになる
仮にこれらの問題性があるという前提に立てば、評価系ほめ言葉のほうが承認欲求や劣等感、結果重視思考と結びつきやすいと筆者は考えます。言い換えると、「ーねばならない」が強まってしまう、ということです。
どういうことかというと、例えば、「上手」「速い」とばかり言われていると、「上手であらねば」「早く仕上げなければ」という執着(承認欲求)を生み、上手く/早くできなかったときの自分に劣等感を抱く、ということです。
とりわけ、外見や性格への評価が多すぎると、執着の先が成果ではなく外見や性格になってしまい「かわいくあらねば」「優しくあらねば」と、大きな苦しみを抱えることになりそうです。
一方で、喜び系ほめ言葉は、成果や性格、外見に注目するものではないため、「ーねばならない」が強まりにくいといえます。「(相手を喜ばせ)ーたい」という思いは強くなると思いますが。
まとめ
今日は、ほめ言葉の種類を分類しながら特徴を振り返りました。
しかし、「ほめるとは何をすることか?」を考えるにあたり、じつは足りない視点があったことにお気づきでしょうか。
いえ、足りないことはたくさんあるのですが、「ほめる行為とは、言葉だけではない」ということです。表情や仕草などのボディランゲージのことですね。次回はそこからお話ししたいと思います。その他、ほめる対象(何をほめるか)、ほめるタイミングなどについても考えていきます。
今後の予定
①ほめることの意味
②ほめ言葉の種類(今回)
③ほめテクニックいろいろ(次回)
④「ほめられない」をどう考えるか
最後に
評価系と喜び系のほめ言葉、どちらを増やしたいと思いますか?
私なら迷わず後者と答えるでしょう。人が何かに執着することを避けられないのであれば、自分は成果や性格、外見ではなく、人を喜ばせることに執着したいと願うからです。
「人を喜ばせたい」と願うこと。それは執着ではなく、もはや「祈り」に近いのかもしれません。
一方で、子育てや教育の最中に、「えっと……、これは喜び系かな」と言葉を選ぶような余裕はありませんし、「あ、評価系使っちゃった」と悔やむようなことでは決してないことも付け加えておきます。
評価系を使うと罰ゲームがあるかのようにビクビク過ごすよりも、「今度『○○してくれたんだね。嬉しい』というフレーズを使ってみよう」と、その機会をワクワク待つような心持ちでいてくださることを祈ります。