誕生日が、なぜか「気が重い日」だったあの頃の私へ①

誕生日が、なぜか「気が重い日」だったあの頃の私へ①

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コラム
先月、今月と、私の周りはちょっとしたお誕生日ラッシュ。
人によってお誕生日に対するスタンスって本当に違うな、と改めて感じる今日この頃。

そんな中、ふと昔の自分がよみがえってきた。

まだ若くて、年齢を重ねることに何の抵抗もなかった頃。友人たちとの何気ない会話で「誕生日いつ?」と聞かれるのが、何故かもの凄く嫌だった。
「おめでとう」と言われて注目を浴びるのも気恥ずかしいし、何かをもらえたとしたら「喜ばなきゃ」「お返しは何にしよう」と考えて、なんだか気が重い……。
ハッピーな日どころか、そわそわして落ち着かない、できれば早く過ぎ去ってほしい1日だった頃。

家族からは普通にお祝いをしてもらった記憶もあるし、あの感覚は、不思議だけれど。それは今思えば私の「自己肯定感」の低さからきていたのだと思う。
自分に注目が集まることや、純粋に好意を受け取ることが、どこか恐れ多かったんだろうな。「こんな自分に……」ってね。

だからこそ今、「誕生日をあまり人に言いたくない」という人の気持ちが(理由やニュアンスは私と全く同じじゃないかもしれないけれど)、なんとなく分かる気がする。

「自己肯定感」ってこれまた抽象的な言葉だよね。昔はあんなに低かったと思っていた私も、今は自分の解釈ひとつで、ずいぶん高く変わってきたなと感じるし。

お誕生日に対する解釈も、年齢や心の状態とともに変わっていくもの。

もし今、「おめでとう」の言葉や注目がちょっぴり負担に感じてしまう人がいたら、その「そわそわする気持ち」をそのまま認めてあげてね。「そわそわするから嫌なんだね」って、良い悪いもなく、今はその状態なんだな。と思うだけで大丈夫だよ。「ありがとうございます〜!」ってきゃぴきゃぴ喜べないからといって、間違っても「そんな私はダメな奴だな……」なんて自分を責めないでいい。

反対に~「誕生日なのに誰からも声をかけられなくて寂しい……」と感じている方へ②へ続く~

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