自分の感覚を信じること。
それはすごく強い決意じゃなくて、
むしろちょっとだけ首をかしげながら、
「ん…こっちかな?」って小さくつぶやくくらいでいい。
朝の光みたいに、
まだぼんやりしている気持ち。
はっきりしていないのに、
なんとなく気になる方向。
理由は説明できないけど、
心の中で「そっち」って小さく反応する感じ。
そういうのって、
意外とちゃんとしたサインだったりする。
心の流れは、
きれいな一本線じゃなくて、
ちょっと寄り道したり、
立ち止まったり、
くるっと回ったりする。
昨日は「違うかも」だったものが、
今日は「なんかいいかも」になったりするし、
逆に「これでしょ!」が、
急にしゅん…って静かになることもある。
だから、
どれが正解かを
急いで決めなくてもいいんじゃないか。
そのときの感じたままを、
そっとポケットに入れておくくらいでいい。
感覚って、
すごく小さい声で話してくるんだよね。
大声じゃないし、
説得もしてこないし、
肩をちょんちょんってつつくみたいに、
「ねぇねぇ」って言うだけ。
それを無視しないであげることが、
大事だったりする。
もちろん、
感覚だけで全部決められることなんてないし、
決める必要もない。
考えたり、
比べたり、
迷ったりすることも当然にある。
でもその中に、
一つだけ「自分の気持ち」を
混ぜてあげたらどうだろう。
ある日は「これ好きかも」ってぴょんって跳ねて、
次の日は「やっぱりこっちのほうが落ち着く」って
丸くなる。
今日の自分が「いいな」って思った気持ちを、
そっと大事にしてあげる。
そうしていくうちに、
ふとした気持ちや小さなサインに気づける余裕が
整うのだと思うのです。
これは、
自分という軸の輪郭と表現できるでしょう。
迷いながらも、
そのときの自分に正直に選んでいくことで、
自分の中心に戻ってこられるような“自分軸”が、
ふわっとやさしく育つといいな。