無縄自縛──自分で自分を縛ってしまう私たちへ

記事
コラム
流し読みされる言葉ではなく、
できれば、少し立ち止まって
自分の中に落とし込んでもらえたらと思って
書きました。

もしかしたら今日は、
急いで読む日ではないかもしれません。

少しだけ立ち止まって、
自分の心の状態を確かめながら
読んでみてほしい言葉があります。

ある日、ふと目に入った言葉に、
思いがけず立ち止まることがあります。

今日の私にとって、
それが「無縄自縛」でした。

「無縄自縛」とは、
縄で縛られているわけでもないのに、
自分で自分を縛ってしまうこと。

ちゃんとしなきゃ。
迷惑をかけちゃいけない。
弱音を吐くのは、甘えだから。

誰かに言われたわけでもないのに、
いつの間にか、
それが「当たり前」になっていきます。

苦しいのに、やめられない。

逃げ場がないように感じるのは、
縛っている手が、
自分自身だからかもしれません。

でも、あるとき、ふと気づきます。

「あれ、今の私は、
自分で自分を締めつけていないだろうか」と。

その気づきがあれば、
無理に何かを変えなくても大丈夫です。

たとえば――

少しだけ、いつもと違う道を歩いてみる。
思いきって、ちょっと遠出してみる。

理由も目的もなく、
ただ散歩をして、風に当たってみる。

「やるべきこと」から離れる時間を、
ほんの少しつくるだけで、
心が緩むことがあります。

大きな決断じゃなくていい。

生活が劇的に変わらなくていい。

日常の中の、さもない行動が、
自分を縛っていた力を、
少しずつ弱めてくれます。

無縄自縛は、
一気にほどくものではなくて、
暮らしの中で、
少しずつ緩めていくもの。

今日は、結び目に気づいただけでいい。
明日は、指をかけてみるだけでもいい。

「そんなに縛らなくても、大丈夫だよ」

その言葉を、
まずは自分に向けてあげられたなら、
それだけで十分です。

この文章を読み終えたあと、
もし外に出られそうだったら、
ほんの少し歩いてみてください。

それも、立派な一歩です。



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