junction  ~わたしの人生を変えたこと⑤~

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コラム
~④からのつづき~


「お母さんは、病院のベッドがあいたら入院させてもらえるように頼んできたから、お前たちも協力するんだぞ。」


「良かったね!」「早く元気になってね、お母さん。」


喜んでくれる家族のようすに、うれしさとこの子たちを置いていく不安が半分づつでした。


いつ入院してもいいように、翌日から少しずつ荷造りをスタート。


パジャマや下着、タオル、洗面用具などを並べてチェックリストを見ながら準備しました。


クローゼットの上の段から大きなスポーツバッグをおろして陰干しをしようと手に取ると、革製のチャームが触れました。


去年の小6の宿泊学習の時にしーちゃんが付けたクマさんのチャームです。

(外さないでこのまま病院に付けて行こう。)


入院準備が整い、ふくらんだスポーツバッグを玄関の片隅に置いてしばらくすると電話がかかってきました。


「お部屋の準備ができましたので、明日の11時までに入院受付にお越しください。」


明日か…。


予想よりも早いことの驚きと気がかりなのは家族のこと。


いそいで夕食用の宅配弁当の手配を済ませ、戸締りやお洗濯ものなどについてのお願い事をそれぞれに書いて、見えるところに貼りだしました。


今年から受験生、中3のこう君は部活で副部長になり新入部員のお世話に忙しいようです。


妹のしーちゃんは中1です。はじめての部活動で新たなできごとに挑戦する日々です。


二人とも6月半ばの運動会の練習を通して、新しいクラスメイトとも少しづつ打ち解け始めているようでした。

後ろ髪を引かれる思いで、自宅を出て入院先の病院に向かいました。


案内された病室のベッドには、 

  【  松本 かよ 様  】
【主治医 林   担当医  安西 】


あぁ、患者さんになったんだな。


わかっていたのに、ショックを受けたことを覚えています。


ちなみに、この主治医の林先生は入院中に一度もお会いすることはありませんでした。


毎日病室を訪れるのは安西先生だけ。


この林先生がこのあと私たちをどん底に突き落とすとは、まだ知りませんでした。

入院したことを聞いた姉のさえがお見舞いに来てくれました。


仕事帰りによってくれた、忙しそうなさえちゃん。


「娘のアトピーの漢方薬をもらいに行く予定があるから、4時半には失礼するね。」


さえちゃんはいつもデキル女性の香りがする。


優秀なさえちゃんの陰にいつも隠れていた、1つ下のわたし。


両親の期待も愛情もさえちゃんに集中していたあの頃。


ずっと、さえちゃんがうらやましかった子ども時代。


そんなことを、さえちゃんのお洒落な柄のブラウスを眺めながら思い出していたのです。


「じゃあ、お大事にね!」

そう言うと颯爽と漢方診療所に向かっていったさえちゃん。


(あ…、そうだ。しーちゃんの採血の結果を聞きに行ってなかったな。)


置いてきた子どもたちのことを思うと胸がズキンとしました。


早く元気になってあの子たちの待つ家に帰ろう。


そんな決意も虚しく、翌日の朝から本格的におこなわれた検査はまさかの
「異常なし」の連続でした。


激しい筋肉の痛み、手足の関節炎、下痢嘔吐、不眠、呼吸器からの出血、異常な倦怠感、疲労感、こんなにもたくさんの症状があるのに…。


それなのに、どうして?

検査…。そして「異常なし」



日が経つにつれて、熱心に診察してくれていた安西先生の態度も素っ気なくしまいには冷たくなっていきました。

一筋の光と信じた大学病院への検査入院は、わたしをさらなる絶望の淵に突き落とす結果になったのです。

~⑥へつづく~

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