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junction  ~わたしの人生を変えたこと②~

~①からのつづき~痛みや炎症、倦怠感から始まった異変…。ほどなくして呼吸器からの出血が始まり、どうにもならない不安が全身を包みました。「わたしの体に、何かが起きている。」内科、整形外科、耳鼻科、内分泌代謝科、呼吸器科いったい、何件の医院/病院を訪ねたでしょうか。自分の足で受診できたのはじめの一ヶ月。日を追うごとに悪化して、しまいには脇からグイっと抱えられてようやく歩行ができるほどにまで体調が悪くなっていました。そんな時、地元の大きな呼吸器外科で珍しい血液検査項目が異常値を示している事を知ります。調べるとそこには、自己免疫疾患、呼吸器出血、膠原病などのワードがならんでいます。膠原病…。そうか、やっぱり。造影CTをしないと、他院への紹介ができないという担当の先生。すでに、食欲低下、嘔吐、下痢によってひどい脱水の状態で造影剤が投与できません。予定していた検査が中止になり、明らかに不機嫌な態度の先生。だるい、だるい。と座っていることもできない私に担当の医師は言いました。「患者はあなただけじゃないんです。いそがしいんです。ご主人、ちょっと。」廊下に呼び出した夫に「奥さんのことは、診れないから。ほかに行って下さい。」そう告げてすぐにその場を立ち去ってしまったそうです。(私はこの事実を数年後に知りました。)紹介状もなく、レントゲン写真も貸し出されず。ほかと言われても、どこに相談に行けばいいのかも分からないままに放り出されてしまった…。歩くこともままならなくなってしまった私を連れて、途方に暮れてしまったと。夫は、当時を振り返って言いました。見えない大きな力で、どんどんと悪い方向に誘導されている
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junction  ~わたしの人生を変えたこと③~

~②からのつづき~この先、どの方向に進んでいいのかすら見えなくなってしまいました。早く元の身体に戻って仕事に行かないと…。わたしの体に一体何が起こっているのだろうか?その理由を知りたい、理由が分かれば治せるかもしれない。ぐるぐると頭の中で考えが巡っていました。焦りと不安の色をまとった重たい思考それらは脳内を占拠して、一秒もその考えから気をそらす事もできません。どっぷりと居座ってしまった焦りと不安の感情相反するように、身体に起こった異変は日を追うごとに強さを増し、また新たな不調が現れてきます。数週間前の身体に戻りたいと願うわたし。まるで嘲笑うように、進攻の手を緩めない正体不明の異変。それは恐怖心を抱かせ、もう一歩も進むことができない…。真っ暗闇で何も見えない。深い絶望と不安の中にいました。「ほかに行ってください。」とあっさり、放り出した呼吸器外科のお医者さん。せめて、○○科に相談しては?くらいのヒントでもくれれば違ったのかもしれません。その時に思い出したのが、呼吸器外科で引っ掛かったあの珍しい血液検査項目のこと。直後にわたしの現状を知った知人との電話で一筋の光となる情報を得ます。「膠原病かもしれないの?○○駅近くの医院で膠原病の本を書いたお医者さんが診察してるよ。」ご高齢のために週に数回しか外来診療をしていない先生でしたが、調べてみるととても評判の良い先生のようでした。この先生に診てもらおう。やっと方向が見えた安心感。繁華街のビルの一角にあるその医院。そこを訪ねるためには、駐車スペースの確保が必須でありました。結局は車を使うことができず交通機関を利用することになったのです。座った
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junction  ~わたしの人生を変えたこと⑤~

~④からのつづき~「お母さんは、病院のベッドがあいたら入院させてもらえるように頼んできたから、お前たちも協力するんだぞ。」「良かったね!」「早く元気になってね、お母さん。」喜んでくれる家族のようすに、うれしさとこの子たちを置いていく不安が半分づつでした。いつ入院してもいいように、翌日から少しずつ荷造りをスタート。パジャマや下着、タオル、洗面用具などを並べてチェックリストを見ながら準備しました。クローゼットの上の段から大きなスポーツバッグをおろして陰干しをしようと手に取ると、革製のチャームが触れました。去年の小6の宿泊学習の時にしーちゃんが付けたクマさんのチャームです。(外さないでこのまま病院に付けて行こう。)入院準備が整い、ふくらんだスポーツバッグを玄関の片隅に置いてしばらくすると電話がかかってきました。「お部屋の準備ができましたので、明日の11時までに入院受付にお越しください。」明日か…。予想よりも早いことの驚きと気がかりなのは家族のこと。いそいで夕食用の宅配弁当の手配を済ませました。戸締りやお洗濯ものについてのお願い事を書いて、見えるところに貼りだしました。今年から受験生、中3のこう君は部活で副部長になり新入部員のお世話に忙しいようです。妹のしーちゃんは中1です。はじめての部活動で新たなできごとに挑戦する日々です。二人とも6月半ばの運動会の練習を通して、新しいクラスメイトとも少しづつ打ち解け始めているようでした。後ろ髪を引かれる思いで、自宅を出て入院先の病院に向かいます。案内された病室のベッドには、   【  松本 かよ 様  】【主治医 林   担当医  安西 】あぁ、患
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junction ~わたしの人生を変えたこと㉑~

~⑳からのつづき~ずっと原因の分からなかった不思議な症状。それとよく似た症状を起こす「ある病気」の動画を見つけた2020年6月。身体に異変を感じてから4年2カ月もの時間が経っていました。動画内で知った病名をたよりにインターネットで情報を集めました。するとすぐに、ある支援団体のホームページにたどり着きます。動画内で取材を受けていた患者さんがその支援団体の活動を支えていらっしゃいました。ここに連絡すればきっと進める、何度もあきらめた未来がひらける…。でも、なかなか連絡することが出来ません。怖いのです。また同じように期待した分、落胆して大きく傷つくのではないかと。これまで、何件の医療機関を訪ねたことでしょう。診察・検査そして『異常なし』ずっとこのくり返しでした。勇気がなくて動き出せないわたしに、夫はそっと言いました。「ダメだったら、ふり出しに戻るだけじゃない?それならまた、そこからはじめればいいよ。」何度も壁にぶつかって、挫折しては泣いて。その度に家族と一緒に立ち上がってきました。ですが、生物学的製剤の自己注射がはじまってからの3年は、身体に残った不思議な症状から目を背けて暮らしていました。自己注射を減らしてから、徐々に体調をくずして数カ月。思うように動くことも、考えることもできなくなっていたのです。ひどくボーっとした頭で緊張する相手との電話は勇気のいるものでした。夫の応援もあり意を決して、その支援団体に連絡をしてみました。するとそこではインタビューを受けていたあの患者さんがお話をしてくださいました。・よく似た症状であってもこの病気ではないことも多い・診断がむずかしい病気である・海外
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