はじめに
これは、高校時代、物理の点数に伸び悩み続けた私が、二浪を経て東大入試本番で目標としていた40点(60点満点)を獲得するまでの物語である。物理の持つ数学的な美しさに魅了され、「原理原則の理解こそが全て」と信じて疑わなかった私が、いかにしてそのこだわりから脱却し、目標達成に必要な力を身につけていったのか。
この試行錯誤の道のりには、最終的なゴールを見据え、その時々の自分に必要な学習を見極めることの重要性が詰まっている。もしあなたが今、かつての私のように学習の壁にぶつかり、努力がなかなか点数に結びつかずに悩んでいるのなら、この経験が少しでもヒントになれば幸いである。
1.高校時代:原理の理解はゴールではない
私が物理の本格的な受験勉強を始めたのは、大学受験を意識して塾の講座を受講したことがきっかけだった。それまで高校の授業で習う物理法則は、微分積分を巧みに避けた説明が多く、いまいち腑に落ちずにいた。しかし、塾で微積を用いた論理的な解説に触れ、その明快さに衝撃を受けたのだ。「これこそが入試物理を攻略するための本質的な理解だ」と当時の私は考え、物理法則の数学的な背景や公式の導出をノートに丹念にまとめることに時間を費やすようになった。加えて、塾の先生が言った「原理原則を理解しないで問題をとくのは意味がない」という言葉が、その方向性を強く後押しした側面もある。円運動の加速度、単振動の微分方程式…。その数学的な繋がりを探求すること自体は、確かに知的にエキサイティングな作業ではあった。
しかし、その「理解」がテストの点数に結びつくことはなかった。特に電磁気のコンデンサーや電磁誘導の分野は、概念自体は理解できているつもりでも、いざ問題となると手が出ないのである。その結果は、模試の成績に如実に表れた。特に衝撃的だったのは、高校3年の秋、10月に行われた東大模試である。結果は惨憺たるもので、物理はわずか5点(60点満点)しか取れなかった。
また別の機会、学校で全員が受けた記述模試が返却された時のことも、よく覚えている。友人たちの答案を見ると、私が時間内に到底たどり着けなかった問題まで、彼らはきちんと解き進めているのである。その答案を目の当たりにして、自分の数学的な解法へのこだわりや、問題演習を軽視してきた勉強の仕方に、やはり問題があるのではないか、と強く感じさせられた。典型的な問題でさえ、多くの受験生が当たり前のように身につけているであろう解法を、私は習得できていなかったのである。
東大模試での壊滅的な点数も、この記述模試で突きつけられた周りとの差も、原因は同じだった。数学的な原理の探求に没頭するあまり、試験で点を取るために必要な「解き方」を、私は全く身につけられていなかったのである。「原理は誰よりも理解しているはず」という自負とは裏腹に、なぜ自分だけが解けないのか。そのギャップに対する強い悔しさと焦りだけが募っていった。にもかかわらず、私は「たくさん解くよりも原理原則の理解を」という言葉を、都合よく解釈し、問題演習の不足から目を背け続けていたのかもしれない。「時間をかければ解ける」という考えは、時間制限のある入試においては、もはや言い訳にもならなかった。
結局、現役時の共通テストでは目標点に届かず、東大の二次試験への挑戦権すら得られなかった。足切りかもしれないとは予想していたが、現実を突きつけられるのはやはり辛いものだった。今までの勉強は無駄だったのか。最低限の学力の壁さえ超えられない自分が情けなかった。何より、自分の物理の力を試す機会すら与えられなかったことが、本当に、本当に悔しかった。学力がない者には、挑戦の機会すら与えられないのだと思い知らされた。
2.一浪目:実践的な勉強への転換と、見えた新たな壁
現役時代の反省から、浪人を決めた時、やるべきことは明確だった。「圧倒的に足りていない問題演習をこなすこと」。理論への傾倒が失敗を招いたことは、薄々気づいていた。
予備校での物理の授業は、高校時代に通っていた塾とはアプローチが異なった。数学的な厳密さよりも、物理現象を直感的、あるいは「物理らしい」解法で素早く解くスタイルだった。最初は少し戸惑ったが、特に電磁気の授業は発見が多かった。現役時代、2時間かけても腑に落ちなかった平行板コンデンサーに関する内容が、わずか20分ほどの説明ですんなりと頭に入ってきたのだ。微分積分で全てを説明できるからといって、それを使うことが常に最善ではない。問題を「正確に」「早く」解くというゴールにフォーカスすれば、時には数学的な厳密さへのこだわりが足枷になることもあるのだと気づいた瞬間だった。
予備校のカリキュラムに沿って演習量を増やしていくと、標準的な問題は以前よりスムーズに解けるようになった。夏過ぎの東大模試では、物理で初めて30/60点を達成した。現役時には考えられなかった点数に、確かな手応えを感じた。この調子なら、と自信を持ち始めていた。
実際、本番直前の東大模試ではA判定を得るまでに至っていた。しかし、迎えた一浪目の東大入試本番、物理の点数は無情にも20/60点にとどまった。 東大の本番の問題は、模試よりもはるかに巧みに作られており、問題設定の意図を正確に読み取る深い洞察力と、それを解答に結びつける経験・知識が必要なのだと思い知らされた。ここで求められているのは、単に「問題集で解いたことがあるから解ける」というレベルの力ではないのだ。難しい問題が解けるという状態には二通りある。一度解いたことがある問題を記憶によって解ける状態と、たとえ初めて見る設定の問題であっても、蓄積してきた知識や経験を総動員し、問題の状況を分析して解き明かせる状態である。東大の物理では、まさに後者の能力が問われるのである。 見たことのない問題設定に対し、問題文を深く読み取り、時には自分なりに読み替えたり、細分化したりしながら、これまでの経験や知識を適用し、自分が理解できるレベルまで落とし込んでいくこと、そしてその思考過程や結論を、採点者に伝わるように式や図を用いて的確に記述すること。そのようなプロセスこそが、ここで要求される本物の思考力・判断力・表現力なのだと痛感した。 一浪目の私は、問題演習量を増やしたとはいえ、まだこのレベルには到達していなかった。それはまだ「ゴール」から見れば通過点に過ぎなかったのである。予備校の授業コマ数が多く、自分で深く演習する時間が十分取れなかったことも、今思えば課題だった。
3.二浪目:ゴールからの逆算と、戦略的集中演習
一浪目の失敗を受け、二浪目の方針はより明確になった。「東大物理を攻略するために本当に必要なレベルの演習を、集中的に行うこと」。標準問題が解けるようになっただけでは足りない。難易度の高い問題に日常的に触れ、思考力を鍛え上げる必要があると考えた。
学習環境としては、自学自習の時間を最大限確保するため、授業は最小限にし、自習室利用を主目的に個別指導塾を選んだ。そして、取り組む教材として『難問題の系統とその解き方』(難系)と『東大の物理25か年』を選択した。特に4月から6月にかけては、物理だけに集中し、1日に15〜20問のペースで「難系」を徹底的に演習した。一つの科目に短期集中することで、知識が相互に関連し合い、理解が加速度的に深まる感覚があった。現役・一浪で基礎知識は整理されていたため、「難系」の多少不親切な解説も自力で読み解くことができ、解けた問題、解けなかった問題、日付を記録しながら、着実に「完全に解ける問題」を増やしていった。
その効果は劇的だった。「難系」を2周し終えた後の模試で、物理の点数は40/60点に達した。以前は難解に見えていた問題が、ごく当たり前の問題に見える。標準的な問題に至っては、特に思考を巡らせなくても手が動くようになっていた。驚くというより、「まあ、あれだけやったのだから40点くらいは取るだろう」という冷静な自信があった。ようやく、東大物理というゴールに必要なレベルと、そこに至るための道筋が見えた気がした。
4.二浪目本番:戦略の実行と目標達成
そして迎えた二浪目の東大入試本番。会場の緊張感の中でも、不思議と落ち着いていた。これまでの過去問演習で培った経験と自信が支えになっていた。
理科は物理・化学選択である。事前に決めていた戦略通り、まず化学の知識問題や読み取るだけで解答できる問題に20分ほどを使い、その後、物理に約80分を充てた。物理は1題あたり25分を目安に取り組んだ。
問題冊子を開くと、例年と比較しても難易度が高いと感じた。しかし、焦りはなかった。現役や一浪の頃のように、全く手が出ない大問は一つもない。3つの大問すべてで、少なくとも半分程度の設問には解答の方針が見えた。時間制限が厳しい東大理科では、全てを完璧に解き切ることは難しい。計算量が異常に多い設問や、多くの受験生が躓きそうな難問だと判断した箇所では、深入りせず、考え方の方針だけを記述して次の問題に進む「部分点狙い」の戦略も、過去問演習通りに実行できた。
試験終了の合図が鳴った時、確かな手応えがあった。「過去最高難易度だったかもしれないが、今までで一番できた」。結果は、物理40/60点だった。目標としていた点数を、本番で取ることができたのである。
おわりに:ゴールを見据え、今やるべきこと
原理原則への傾倒から始まった私の物理学習は、二度の失敗を経て、ようやくゴールにたどり着いた。この長い道のりから学んだ最も重要な教訓は、「最終的なゴール(例えば、入試で合格点を取ること)から逆算し、今の自分に本当に必要な課題は何かを冷静に見極め、実行すること」の重要性である。
現役時代の私は、「物理を数学的に理解する」という個人的な興味に囚われ、「入試問題を解けるようになる」という本来のゴールを見失っていた。一浪目では「問題演習」という必要なステップには気づけたが、ゴールのレベル(東大物理)に対して十分な質と量の演習ができていなかった。二浪目でようやく、ゴールから逆算した戦略(高難度演習の集中投下)を実行できたことで、目標を達成できたのだと思う。
もしあなたが今、かつての私のように学習の壁にぶつかり、努力しているのに成果が出ないと悩んでいるなら、一度立ち止まって考えることが有効であろう。あなたの目指すゴールは何か? そのゴールに対して、今の自分の学習は本当に「必要なこと」なのだろうか? 全体像は見えているだろうか?
もし、全体像が見えなかったり、次に何をすべきか迷ったりしたときは、どうか一人で抱え込むべきではない。信頼できる先生や先輩、友人に相談することで、自分だけでは見えなかった道が開けることは少なくない。
そして、もしよろしければ、この体験談を書いた私にも、気軽に声をかけていただけると幸いである。あなたの状況に合わせた具体的なアドバイスができるかは分からない。それでも、かつての私と同じような悩みを持つあなたの力に、私の経験が少しでもなれたら、これほど嬉しいことはない。