守護霊に足を止められた話

記事
コラム
「ちゃんとしなきゃ」
「働かなきゃ」
「普通にしなくちゃ」
あの頃の私は、
“普通に働いて、普通の大人になること”に必死でした。

【異変のはじまり】

2024年8月。
介護していた愛犬が、虹の橋を渡りました。
介護や医療費で、生活はギリギリ。というか、アウト。

だから私は、止まることが怖くて
働かなきゃ
頑張らなきゃ
ちゃんとしなきゃ
そうやって、自分を追い立てていました。

その2ヶ月後、10月。
突然、足首が腫れはじめました。
最初は軽い違和感だったのに、あっという間に悪化して
ついには、ひとりで立てなくなりました。

病院でレントゲンを撮っても異常なし。
原因もわからず、紹介状も出せないと言われ
どうしていいかわからないまま、家に帰りました。

そしてある朝、
起きても立てない。
トイレにも行けない。
水も取れない。
限界でした。

相談して、救急車を呼びました。

搬送された病院で、先生の話を聞いて帰ろうとしたとき
「このまま帰ったら、足を切断する可能性もありますよ」
そう言われて、頭が真っ白になりました。

そんなに大げさなことだと思っていなかった。
でも、その一言で現実を突きつけられて
私はそのまま、入院することになりました。

【すべてを失ったように感じた日々】

車椅子のおかげで、なんとか動けるようにはなったものの
慣れない環境と音、人の気配で眠れず
夜中になると、人気のないフロアに移動して
ひとりで泣く日々でした。

もともと親から援助を受けていましたが
入院をきっかけに、その援助もなくなりました。

立てない。
お金もない。
頼れる人もいない。

まるで、最後の蜘蛛の糸が切れたようでした。

心も体も限界で、
「もう生きていけない」と本気で思いました。

【暗闇の中で見つけた違和感】

それでも私は、どこかで考えていました。

この出来事には、何か意味があるんじゃないか。
私はどこで、何を間違えたんだろう。

そのとき、ふと思ったんです。
私は、自分で自分の首を絞めているのかもしれない、と。

愛犬を失ったばかりなのに
あの子が教えてくれた
「時間という命を大切にすること」を無視して
私はどこへ向かおうとしていたんだろう。
誰のためにもがいていたんだろう。

【守護霊に止められた理由】

私は、こう感じています。
あの出来事は、守護霊による“強制的な足止め”だった、と。

どんな検査をしても
大きな病院で何人もの先生が関わっても
私の足が腫れた原因は、わかりませんでした。

もちろん、すべてをスピリチュアルで片付けるつもりはありません。
体調に異変があれば、必ず病院には行ってくださいね。
私も、現実的なケアを大切にしています。

ただ、あのとき私は
動けなくなったことで、初めて立ち止まり
たくさんのことに気づくことができました。

・無理に親と分かり合おうとしなくていいこと
・本当に困ったとき、人は助けてくれること
・限界のときは、お薬や人に頼っていいこと
・自分を大切にすることの大切さ
・白黒思考や真面目さが、自分を苦しめていたこと
・ひとりでできることには限界があること

【あれからのわたし】

あの出来事をきっかけに、
私は少しずつ「自分を大切にする」ことを学びました。

自分の中にある思い込みやフィルターに気づいて、
少しずつ外していく日々。
誰のためでもない、私らしい選択を積み重ねています。

まだ完璧じゃないし、
頑張りすぎてしまうところもあるけれど
それでも今は、前よりずっと
生きることが楽になりました。

【さいごに】

もし今、
無理に動こうとしているなら
苦しいのに頑張り続けているなら
それは、ひとつのサインかもしれません。

違和感は、守護霊からのメッセージ。
直感とは少し違って
「そっちじゃないよ」と教えてくれる感覚です。
大きな出来事で止められる前に
どうか、自分の小さな違和感を
無視しないであげてください。

守護霊の導きは、
いつも“軽やかな道”にあります。

本来のあなたの道に戻ると、
驚くほどスムーズに満ち足りた出来事が舞い込みます。

無理に苦労を選ばなくてもいい。
少しでも、あなたが優しく進めますように。

そして、時には
自分のために立ち止まることも、大切な時間なのです。


もしこのお話を読んで、
「もっと知りたいな」と感じたことや
守護霊のこと、アニマルコミュニケーションについて
気になることがあれば
いつでも気軽にメッセージくださいね。

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