娘が精神疾患になり、どうして娘が精神疾患になったのかを一生懸命考えた。
娘は誰よりも優しい子だった。こんな優しい子が悪いわけない。
子供のせいじゃない。絶対にない。
じゃだれのせい?私のせい?
苦しみの始まり。いや苦しみはずっとあった。前からあった。
私は頑張ってきた。だって頑張るしか能がないから。取り柄がないから。
努力でこの人生なんとかなってきた。
いろいろあったけど、私だから乗り越えてこれたことばかり。
きっと他の人じゃ離婚したり、おかしくなったりするだろう。
自分はなんとか持ちこたえてこの人生やってきた。
みんなが平和に暮らせるように頑張ってきた。
でも娘は精神疾患になってしまった。
いろんな心理学の本を読んだ。
娘の入院に付き添い入院したから時間は有り余るほどあった。
世間では辛いと評判の付き添い入院は私にとって天国だった。VIPだった。
そういえば、常々「刑務所入ってた方が楽じゃないかな」と自分の生活と比べて思っていた。
私の生活は、旦那の自営の仕事を朝から晩までしながら、同居の儀父母に気を使い、実家の親の面倒も見て、家事、子供三人の学校関係、親関係、習い事、とにかく休む暇なんてない。布団に入ったら死んだように寝ていた。365日働き詰めとはこのことだ。
統一教会で韓国にお嫁にいった人よりもつらい毎日だと本気で思う。
夢も見ずにあっという間に朝になり、水を少し飲んで起きて五分後には自営の仕事を開始していた。
みんなみんな、みんなの為に、頑張った。
自営の仕事は本当は嫌いな仕事。一日体験なら仕方なくやってもいいと思う感じ。
でも嫌いなんて言ってられない。
たまに旦那に言っても「俺も大変なんだ」と泣きつかれて同情して終わり。時間の無駄。話す時間で寝る時間が削られるだけ。
仕方ない。この自営の仕事を辞めたら生活できない。
やるしかないんだよ、頑張るしかないんだよ。
頑張ることが私の愛情だった。
私の感情はどこかに行ってしまっていた。
私は私のことを道具だと感じていた。
よく動く道具だなと思っていた。
道具になっちゃいけない。
私は人間。
人間は感情の生き物。
感情が何よりも優先されるのが自然。
やっと分かった。
よく、置かれた場所で咲きなさい なんて言うけど、そんなのウソ、ダメ。
そんなの不自然。
よくど根性大根とかひまわりとかテレビでやってるけど、そこで成長した植物はど根性を出して頑張った。なんて事はなく、すくすく生きていける環境だったから根を下ろしたに過ぎない。
そこなら大根として、ひまわりとして生きていくのに十分だったから。
気持ちが浮かない、楽しくない、イライラする。感情がわかない。
集中できない。コミュニケーションがうまく出来ない。
これは「ここじゃないよ」の大切な重要なメッセージ。ちゃんと自分からのメッセージを受け取ってね。
きっとこうなるまで、あなたは周りの人に甘えられすぎた。
あなたは優しい気持ちがたくさんあるから、できるだけ周りの気持ちに応えた。
自分がやりたいようにやったらみんな困るから。。。
そんなこと思わなくて大丈夫。
自分のやりたいことやってみて。
ゆっくりしたいならゆっくりして。
ゆっくりしていたら本当のじぶんがやっとホッとして出てきてくれる。
よかった。
自分が出てきてくれるのをゆっくり待ってみよう。
私がこう思えるようになったら、娘は精神疾患を卒業した。
娘の希望だから、引っ越して娘と二人で生活を始めることができた。
私も自分の思う、感情にまかせて仕事を選んで通勤している。
娘も自分の感情に任せてバイトを始めて、いろんな事に対して感情で判断する生活になった。
だって道具じゃないから。
人間は感情の生き物だから。ね。