4月20日-
伊弉諾神宮(いざなぎ)-と安乎岩戸神社(あいがいわど)へ行ってきました。
淡路SAより明石海峡大橋
道の駅あわじから明石海峡大橋を下から見上げ
西回り一般道で伊弉諾神宮(いざなぎいじんぐう)へ向かいます。
途中、パンケーキで有名なお店で昼食を摂りました。
混雑はなく直ぐに入れました。
美味しくいただきました。
淡路國一宮 伊弉諾神宮へやってまいりました。
・淡路國一宮「伊弉諾神宮」の読み方は「いざなぎじんぐう」です。
兵庫県淡路市多賀に位置し、地元では親しみを込めて「いっくさん」とも呼ばれます。国生み神話のイザナギノミコト・イザナミノミコトを祀る、日本最古の神社の一つです。
『古事記』・『日本書紀』の冒頭「国生み神話」に登場する、国生みの大業を果たされた伊弉諾尊(イザナギ)と伊弉冉尊(イザナミ)の二柱をお祀りする神社です。
『古事記』・『日本書紀』に記載がある中では全国で最も古い神社で、淡路国一宮として古代から全国の掌敬を集めています。
延喜式名神大社、三代実録神格一品、旧官幣大社で兵庫県唯一の「神官号」を宣下された神社。
『古事記』・『日本書紀』には、国生みに始まるすべての神功を果たされたイザナギ尊が、御子神である天照大御神に国家統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に、「幽宮」を構えて余生を過ごされたと記されています。
その御住居跡に御神陵が営まれ、そこに最古の神社として創始されたのが、伊弉諾神宮の起源。
地元では「いっくさん」と別称され日之少宮、淡路島神、多賀明神、津名明神と崇められています。
「陽の道しるべ」
伊弉諾神宮を中心にして、まるで計算されたように、東西南北には縁ある神社が配置されていることは実に不思議です。
神宮の境内には、太陽の運行図として、このことを紹介する「陽の道しるべ」というモニュメントが建っています。
神宮の真東には飛鳥藤原京、さらに伊勢皇大神宮(内宮)が位置しており、春分秋分には同緯度にある伊勢から太陽が昇り、対馬の海神(わたつみ)神社に沈みます。
そして夏至には信濃の諏訪大社から出雲大社、冬至には熊野那智大社から高千穂神社へと太陽が運行します。
伊勢、出雲、諏訪、高千穂、熊野…神々つなぐ「陽のみちしるべ」
春分、秋分の日の太陽が通過する北緯34度27分23秒の緯度線に伊勢神宮(三重県伊勢市)、伊弉諾神宮、対馬海神神社(長崎県対馬市)が一直線に並び、冬至、夏至の日の出、日没の方角にも伊弉諾神宮ゆかりの神社が並ぶと説明されている。
伊勢から対馬まで約680キロ。
はるか昔、緯度や太陽の運行が分かったとは信じがたい。
謎である。
「夫婦楠」
境内には、イザナギ・イザナミの二神が宿る御神木として、夫婦円満、安産子授、縁結びなどの御利益があると信仰されている樹齢約900年の夫婦大楠があります。
タロットカードの浄化も済ませ伊弉諾神宮をあとにしました。
伊弉諾神宮から車で約20分、安乎岩戸神社(あいがいわど)へ
ご祭神:心願成就の白龍神
岩戸神社は以前、小さな神様が住んでおり、一匹の龍が神様を守って一緒に過ごしていました。
龍が神様の用事で祠を留守にしている間に、地元の人達が小さな神様を安乎八幡神社へ移動したそうです。
しかし、そうとは知らずに戻ってきた龍は、いつか神様が戻ってくるはずと信じて、今も神様のいなくなった祠で待っていると伝えられています。
それを知った地元の人達は、今も安乎八幡神社の神輿祭りの時には、この祠に立ち寄って神様と龍を会わせてあげていると聞きます。