毎日のようにChatGPTをはじめとした生成AIに触れながら仕事をしている。
そんな立場から、今日は「紙の書籍」「電子書籍」の原稿をAIがどこまで書けるのかを考えてみたい。
一般情報なら、AIでも“それなり”に書ける
たとえば──
・上手な節約術
・手間のかからない掃除のやり方
・冠婚葬祭のマナー
・相続の手順
こうした「一般的な情報を整理したテーマ」であれば、AIでもかなりの精度で原稿を書くことができる。
情報の正確ささえ確認すれば、文章の体裁も整っているし、構成力もそれなりにある。
要するに、“ネット上で拾える知識”をベースにした原稿であれば、AIは非常に優秀だ。
しかし、問題はその先にある。
「血の通った原稿」は、AIにはまだ書けない
たとえば「自分の実体験をもとにしたメソッド」や「生き方の提案」といったテーマ。
こうした原稿は、AIがいくら優秀でも簡単には書けない。
人の体験には、その人しか持っていない痛み、喜び、迷い、そして発見がある。
それを文章にするには、膨大なエピソードや思考の積み重ねをAIに“覚え込ませる”必要がある。
しかも、それを読者の心に届くように編み上げる力が求められる。
私はこれを「血の通った原稿」と呼んでいる。
AIは文章を“組み立てる”ことはできても、“感じ取る”ことはできない。
だからこそ、読者の心を動かす原稿は、まだ人間にしか書けないのだ。
書店にあふれる「生き方本」は、その証拠
なぜ今、書店には「年代別の悩み」「前向きに生きるヒント」など、生き方に関する本があふれているのだろう。
それは、人の心が人の言葉を求めているからだと私は思う。
たとえば、売れている投資本を見ても同じだ。
単なる投資理論ではなく、著者自身の失敗と成功を交えながら再現性のある方法を語っている。
生き方も投資もテーマは違えど、共通しているのは「著者の血が通っている」ことだ。
AIはそこまでたどり着けない。
少なくとも2025年10月の時点では。
「心を動かす本」は、血の通った著者の言葉から生まれる
人の心を動かし、「この本を買いたい」と思わせるのは、結局は感情だ。
その感情を揺らすのは、著者が本気で考え、悩み、体験してきた言葉だけ。
「この人は自分のことをわかってくれている」
「この人の考えに共感できる」
──そう感じるからこそ、読者はお金を払って本を手に取る。
血の通っていない、AIがまとめた原稿には、その温度がない。
どれだけ整った文章でも、読者の心に残らない。
電子書籍を「ツール化」してはいけない
最近、「生成AIを使えば、誰でもすぐに電子書籍を量産できる」と謳う情報をよく見かける。
確かに、AIを使えば原稿はあっという間にできる。
だが、“それだけ”の本が増えすぎてしまっているのではないか。
電子書籍が「手っ取り早く稼ぐためのツール」
「見込み客リストを集めるための装置」として扱われるようになれば、
本来、本が持っている役割──
知的好奇心を満たし、前向きに生きる力を与える──その価値が失われてしまう。
私はそのことを強く危惧している。
本は「心の豊かさ」をもたらすもの
本の本質は、情報ではなく“出会い”だと思う。
著者と読者が出会い、心が通い合う。
その瞬間にこそ、読者の人生は少し豊かになる。
AIがどれだけ進化しても、人の心の震えを「計算」して再現することは難しい。
だからこそ私は、本を「稼ぐための道具」ではなく、「心を豊かにする存在」として残していきたい。
生成AIと共存しながらも、“血の通った原稿”を守ること。
それが、これからの出版に携わる者の使命だと思っている。