(4)「無意識の発見」と複数の「私」の存在
②古皮質・旧皮質・新皮質に対応する「心」の多層性
「旧皮質」「古皮質」からなる「大脳辺縁系」は本能行動・情動行動をつかさどり、「たくましく」生きてゆくことを可能にします。「新皮質」系は適応行動をつかさどって、「うまく」生きてゆくことを可能にすると共に、創造行為をつかさどって「よく」生きてゆくことを可能にします。
心理学的には「旧皮質」はユングの言う「集合的無意識」、人類的無意識である「深層意識」に相当し、「古皮質」はフロイトの言う「個人的無意識」、ソンディの言う「家族的無意識」である「潜在意識」に相当し、「新皮質」は表層意識である「顕在意識」にそれぞれ相当すると思われます。
「大脳辺縁系」~「大脳皮質」は発生学的に「旧皮質」「古皮質」「新皮質」に分けられ、古い「旧皮質」「古皮質」と新しい「新皮質」との大きく2つに分けられます。
魚類から嗅覚に関わる「旧皮質」が現われ、両生類で「古皮質」が加わります。この「旧皮質」と「古皮質」をあわせて「辺縁皮質」と言います。そして扁桃体や海馬、帯状回などと共に「大脳辺縁系」を構成し、情動や欲求、本能、そして自律系の機能を受け持っているのです。
また、哺乳類になってから「新皮質」が新たに出現し、本能に加えて知能をも獲得しました。人間は「新皮質」が大脳のほぼ全表面を覆っており、「旧皮質」や「古皮質」は大脳の深い所に押しやられ、例えば大脳半球の内側底面にわずかに残る程度となっているのです。
ただし、人間でも記憶の固定に関わる側頭葉の海馬や嗅覚路にある前梨状皮質は「古皮質」です。つまり、「短期記憶」「作動記憶」は「新皮質」「表層意識」が扱いますが、「長期記憶」に移行するにつれ、「古皮質」「潜在意識」に移行するということでしょう。さらに「記憶の流れ」「記憶の継承」という点まで考えれば、「旧皮質」「深層意識」にまで至った「記憶」もあるということになります。
「集合的無意識」~ユングが提唱した「分析心理学」における中心概念であり、人間の無意識の深層に存在する、個人の経験を越えた先天的な構造領域です。「個人的無意識」の対語としてあり、ユングはフロイトの精神分析の理論では説明のつかない深層心理の力動を説明するため、この無意識領域を提唱しました。
言語連想試験の研究によって「コンプレックス」の概念を見出したユングは、個人の「コンプレックス」より更に深い無意識の領域に、個人を越えた集団や民族、人類の心に普遍的に存在すると考えられる先天的な「元型」の作用力動を見出したのです。「元型」の作用とその結果として個人の夢や空想に現れるある種の典型的なイメージは、様々な時代や民族の神話にも共通して存在し、このため、「元型」や「元型」が存在すると仮定される領域は、民族や人類に共通する古態的(アルカイック)な無意識と考えられ、この故に、ユングはこの無意識領域を「集合的無意識」と名づけました。
人間の行動や思考・判断は、自我と外的世界との相互作用で決まる面がありますが、他方、「集合的無意識」に存在するとされる諸元型の力動作用にも影響される面があるのです。
「元型」~ユングの理論において、中心的な意味と働きを持つ「元型」は、意識の中心としての「自我」(Ego)の「元型」と、心(魂)全体の中心として仮定される「自己」(Selbst)の「元型」です。自我が元型であるということは一般に知られていませんが、ユング心理学では、意識の中に存在する唯一の元型が「自我」です。ユングは次のような元型を代表的なものとして提唱しましたが、この「元型」理論を一般化すると非常に含蓄の深いものとなります。
(1)「自我」(エゴ)=意識の中心であり、個人の意識的行動や認識の主体です。意識の中の唯一の「元型」。
(2)「影」(シャッテン)=意識に比較的に近い層で作用し、「自我」を補完する作用を持つ「元型」。肯定的な「影」と否定的な「影」があり、否定的な場合は、「自我」が受け入れたくないような側面を代表することがあります。
(3)「アニムス」と「アニマ」=「アニムス」は女性の心の中にある理性的要素の「元型」で、選択的特徴を持ち、男性のイメージでしばしば認識されます。他方、「アニマ」は男性の心の中にある生命的要素の「元型」で、受容的特徴を持ち、女性のイメージでしばしば認識されます。ラテン語では、同じ語幹から派生した名詞の男性形と女性形、つまり、animusと animaが、前者は「理性としての魂」、後者は「生命としての魂」の意味があり、この区別を巧みに利用して、ユングはこの2つの元型の名称を決めました。「アニマ」と「アニムス」は総称して、「シュツギー」とも言われます。
(4)「太母」と「老賢者」=「太母」は「自己元型」の主要な半面で、全てを受容し包容する大地の母としての生命的原理を表し、他方、「老賢者」は「太母」と対比的で、同様に「自己元型」の主要な半面で、理性的な智慧の原理を表します。
(5)「自己」(ゼルプスト)=心全体の中心であり、心の発達や変容作用の根源的な原点となる「元型」。宗教的には「神の刻印」とも見なされます。
「内なる理想像」~ユング心理学者河合隼雄などの知見をふまえて「元型理論」を一般化すれば、人間の「心」の奥底には「父なるもの」(理想的父性像)と「母なるもの」(理想的母性像)が存在し、ここから「父性原理」「母性原理」が成り立ちます。
また、「内なる男性」(理想的男性像)と「内なる女性」(理想的女性像)が存在し、ここから「夫婦関係」を成立させる「相補性原理」が成立ます。
さらに、「まぼろしの兄」(理想的兄弟像)と「まぼろしの姉」(理想的姉妹像)が存在し、ここから「友情」や「恋愛感情」の土台にして、それらを成熟させる要素となる「兄弟姉妹関係」が成立します。
これらが悲惨な環境の中にあっても、人間をあるべき方向(理想)に導く羅針盤の役目をすることが分かります。こうして育まれるのが「内なる私」「本当の私」です。
「家族的無意識」~ソンディが提唱した、フロイトの「個人的無意識」とユングの「集合的無意識」の間にある「無意識」の層です。「運命心理学」「運命分析学」「衝動心理学」とも言われる「ソンディ心理学」では、「衝動」というものは祖先から遺伝子を介して受け継いだものと考えています。
ソンディが最初にそのことに注目したのは、ソンディがまだブタペストの高等学校を卒業して間もない頃、ブタペストの大学に入学する以前、ドストエフスキーに没頭していたことに始まります。「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」などを読み進むうち、彼には次のような疑問がわいて来たといいます。すなわち、ドストエフスキーは何故、「殺人者」を主人公に選ぶのか、ということです。そして、ソンディはその答えとして、「ドストエフスキーの心の中には、殺人者と同じ欲求が潜伏しているのではないか」と考えたのでした。
彼はドストエフスキーの家系を調べて行き、その家系に殺人者や、一見それとは正反対に見える、宗教家をも見出したのですが、そこからさらに髪や眼や肌の色や鼻やあごの形や足の長さなど、形質の遺伝ばかりでなく、「欲求」にも遺伝があり得るのではないか、との考えを持つに至ったのでした。
そして、この考えは従軍の後、ブタペスト大学からウィーン大学に移り、ワーグナー・ヤウレッグ教授の下で精神医学を学び、実際の症例に基づいて、詳しい家系研究に携わる頃には確信に近いものになったというのです。「衝動」の集合である「心」は、「家族的無意識」の遺伝として先天的に形成されるものであるとする立場に立つと、ある家族においては「運命」もまた繰り返されるということになります。そして、いろいろな世代において何回も何回も似たような恋愛の相手や結婚の相手、似たような職業、似たような死に方さえも無意識に選ばれるのかも知れないのです。
「家族的無意識。この無意識の中では、すでに受精時に『前個人的な、抑圧された、家族的な祖先の欲求』が力動的に生存し続け、個人の運命を危険にさらすのである。このような祖先の欲求――『遺伝素質』と呼んでもよいであろうが――との対審と、個人が隠された祖先と最終的に和解することは、運命分析の特別な課題である。」(L・ソンディ)
「運命分析は、個々の人間は世界に対して一つの生活設計をもってこの世に現われるのであり、その生活設計は、かくされた遺伝素質の指導の下で、われわれの運命を形成する選択行動を無意識的に規定すると主張する。人間は、世界に対して、反人間的および人間的な衝動要求をもってこの世に現われる。というのは、祖先や遺伝素質において、反人間的なものならびに人間的なものに対する素質が、かつてすでに存在したからである。彼はこのような遺伝的に規定された、対立した運命可能性の圏から逃げることはできない。」(佐竹隆三『運命心理学入門 ソンディ・テストの理論と実際』)
「個人的無意識」~フロイトによれば、人間には「無意識」の過程が存在し、人の行動は「無意識」によって左右されるという基本的な仮説に基づいています。フロイトは、現在の解離性障害や身体表現性障害に相当するヒステリーの治療に携わる中で、人は意識することが苦痛であるような欲望を無意識に抑圧することがあり、それが形を変えて神経症の症状などの形で表出されると考えました。そのため、無意識領域に抑圧された葛藤などの内容を自覚し、表面化させて、本人が意識することによって、症状が解消しうるという治療仮説を立てたのです。
【参考文献】
『脳の心』(時実利彦、岩波新書)
『人間であること』(時実利彦、岩波新書)
『家族関係を考える』(河合隼雄、講談社現代新書)
『自己成長の基礎知識① 深層心理学』(R・フレイジャー、J・ファディマン、春秋社)
『運命心理学入門 ソンディ・テストの理論と実際』(佐竹隆三、黎明書房)