教養としての近代日本思想⑦:日本独自の思想

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西田幾多郎:『善の研究』。西田哲学は日本で最初の独創的な哲学体系とされます。主観と客観を対立的に捉える哲学的立場を批判し、主客未分である純粋経験を考究の出発点としました。そして、自他の人格の根底に働く宇宙の統一力こそが喜びの根本であると考え、真の人格は個人的欲望を超えて他者への愛に喜びを見出すものであると主張しました。人格の実現(至誠)が善ということです。友人に英文『禅と日本文化』で仏教思想を紹介し、『日本的霊性』でわび・さびといった美意識や武士道、茶道、俳句などにも禅の精神が大きく影響していると説いた鈴木大拙(だいせつ)がいます。

主客未分:思索や反省以前の、主観と客観の区別の意識がない状態。

純粋経験:主観と客観が分かれる以前の主客未分の状態における根本的な経験。真実在は、感情や意志を排した知性による認識による抽象的な概念ではなく、全体としての人格の行為的直観によって把握される、知・情・意が一体の純粋経験であるとしました。

「場所」の論理:西田幾多郎は、主観と客観の分化を論理的に基礎づけるため、主客の根底を問い、主観と客観を成立させると同時にそれを包む場としての意識を「場所」と呼びました。これは多数の個(多)と世界(一)の弁証法的統一(絶対矛盾的自己同一)であるとしました。

絶対無:「場所」の根底にあり、有と無の対立を超えて、事物事象そのものを成り立たせているもの。

和辻哲郎:夏目漱石門下にして、ドイツでハイデッガーの実存哲学、フッサールの現象学、ディルタイの解釈学を学び、個人と社会の弁証法的関係を軸とした人間学的倫理学を大成しました。『古寺巡礼』『風土』。

間柄的存在:個人と社会を弁証法的に統一する人間のあり方。個人であると共に共同して生きる存在。

倫理学:倫理とは社会存在の理法であり、倫理学は人と人との間柄の学「人間(じんかん)の学」であるとしました。

風土論:和辻哲郎は、モンスーン型(東アジア沿岸部)の風土では人々は自然に「受容的・忍従的」であり、砂漠型(アラビア・アフリカ)の風土では「対抗的・戦闘的」、牧場型(ヨーロッパ)の風土では「自発的・合理的」であると分類しました。

柳宗悦(やなぎむねよし):朝鮮陶磁器と出会ったことで、無名の職人が手仕事で作った器や布などの日用品の中に、生活に根差した固有の美を見出し、生活そのものを美的にすることを目指す民芸運動の推進者となりました。日本民芸館を設立して、日本各地の民芸を公開しました。

丸山真男:政治学者。日本がファシズムに至った原因を、天皇制の下で決断主体を欠いた日本の政治体制(無責任の体系)に見出し、批判的な検討を加えました。そして、戦後の社会において、近代的な主体による民主的な市民社会の形成を唱えました。
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