第10回 芸術と産業を結びつけた「ドイツ工作連盟」
アール・ヌーヴォーの華やかな装飾から、私たちが現在「モダン」と呼ぶデザインへ。その大きな転換点の一つとなったのが、20世紀初頭のドイツでした。
1907年、ミュンヘンで芸術家、建築家、実業家などが集まり、「ドイツ工作連盟」が設立されます。彼らが目指したのは、芸術を美術館の中だけに閉じ込めるのではなく、産業と結びつけることでした。
モリスとは違う道を選んだドイツ
ドイツ工作連盟が参考にしたのは、ウィリアム・モリスらによるイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動でした。しかし、両者には大きな違いがあります。
モリスは、産業革命による大量生産に疑問を持ち、手仕事の価値を取り戻そうとしました。一方、ドイツ工作連盟は、機械そのものを否定しませんでした。
「機械を使いながら、どうすれば美しく、品質の高い製品をつくることができるのか。」
彼らが考えたのは、芸術と産業、そして手工芸を協働させることでした。ここから、デザインは少しずつ「美しいものをつくること」から、「産業の中で美しさと機能を実現すること」へと変わっていきます。
ペーター・ベーレンスという新しいデザイナー
ドイツ工作連盟には、建築家ヘルマン・ムテジウスやペーター・ベーレンスなど、後のデザイン史に大きな影響を与える人物が参加していました。
中でも興味深いのが、電機企業AEGのデザイン顧問を務めたベーレンスです。
彼はAEGのタービン工場を設計しただけではありません。照明器具や家電製品などの工業製品から、広告、カタログ、書体、企業ロゴに至るまで、企業が発信するさまざまなものをデザインしました。
現在なら、建築家、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、アートディレクターと分かれているような仕事を、一人で横断していたことになります。
企業にも「統一された顔」が必要だった
ここで、第3回までにお話しした「企業らしさ」という考え方ともつながってきます。
製品だけでなく、ロゴや広告、建築まで一貫した考え方でデザインする。ベーレンスがAEGで行った仕事は、現在のコーポレートアイデンティティにつながる先駆的な試みとして知られています。
100年以上前に、すでに「企業全体をデザインする」という発想が生まれていたのです。
デザインが産業の中へ入っていく
ドイツ工作連盟がもたらした大きな変化は、芸術と産業を対立するものとして考えなかったことです。
機械で大量生産するからこそ、良いデザインが必要になる。美しさだけでなく、機能性や品質も考える。そして、優れた製品をより多くの人の暮らしへ届ける。
この考え方は、その後のモダンデザイン、そして現在のインダストリアルデザインへとつながる重要な一歩となりました。
おわりに
ウィリアム・モリスが「機械化された社会の中で、手仕事の価値を取り戻そう」と考えたのに対し、ドイツ工作連盟は「機械と芸術を結びつけよう」と考えました。
どちらも目指していたのは、人々の暮らしをより良くすることです。ただ、その方法が違っていました。
そして、この「芸術と産業を結びつける」という考え方は、やがて世界のデザインを大きく変える一つの学校へと受け継がれていきます。
【参考資料】
ドイツ工作連盟の図案や作品画像を含む、より詳しい参考資料については、私が別途まとめている記事でもご紹介しています。
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