第15回 大量生産が生んだ新しいデザイン「アメリカとインダストリアルデザイン」
20世紀に入ると、デザインの新しい舞台としてアメリカが存在感を増していきます。
ヨーロッパでは芸術と工芸、産業をどのように結びつけるかが模索されていました。一方、急速な経済成長を続けるアメリカでは、デザインそのものが産業を支えるビジネスとして発展していきました。
現在につながる「インダストリアルデザイン」が大きく成長した背景には、大量生産と大量消費という、アメリカならではの社会の変化があったのです。
空へ伸びる摩天楼
当時のアメリカを象徴するデザインの一つが「摩天楼」です。
ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルをはじめ、高層建築が次々と都市に建設されました。空へ向かって伸びる巨大な建築は、単に土地を効率よく使うためのものではなく、経済成長や技術の進歩、そしてアメリカの繁栄そのものを象徴する存在となっていきます。
前回ご紹介したアール・デコの幾何学的な装飾も、こうした高層建築と結びつきました。アール・デコはヨーロッパからアメリカへ渡り、ニューヨークの都市景観を象徴するスタイルの一つへと発展していったのです。
「速そうな形」が商品を魅力的にする
もう一つ、アメリカのデザインを象徴するのが「流線型」です。
もともと流線型は、空気や水の抵抗を減らすために考えられた合理的な形でした。自動車や鉄道、航空機など、高速で移動する乗り物にとっては、形そのものに機能的な意味があったのです。
ところが、その滑らかな曲線は「速さ」「未来」「進歩」といったイメージを人々に与えるようになります。
やがて流線型は、実際には空気抵抗を考える必要のない冷蔵庫やラジオ、家庭用品などにも使われるようになりました。
つまり、形は機能を表すだけではなく、「この商品が欲しい」と思わせる力も持つようになったのです。ここには、現代の商品デザインやマーケティングにも通じる発想があります。
大量生産が暮らしを変えた
アメリカでは、広大な市場に対して大量の商品を供給するため、機械を利用した効率的な生産方式が発達しました。
その象徴的な存在が、1908年に発売されたフォード・モーターの「T型フォード」です。
ヘンリー・フォードが目指したのは、一部の富裕層だけが所有できる高級品ではなく、多くの人が購入できる自動車でした。そのため、生産工程を徹底して効率化し、同じ製品を大量につくることで価格を下げていきます。
自動車が特別なぜいたく品から日常的な移動手段へと変わっていく。この変化は、アメリカ人の暮らしそのものを大きく変えることになりました。
機能だけでは、商品は売れない
しかし、大量生産が進むと、今度は別の問題が生まれます。
同じような性能の商品が市場に並べば、消費者は「どれを選べばよいのか」と考えるようになります。そこで、商品の外観を魅力的にし、他の商品との違いをつくるデザインが重要になっていきました。
1920年代末からは、ノーマン・ベル・ゲッデスやウォルター・ドーウィン・ティーグなど、企業から依頼を受けて製品をデザインする専門家が活躍するようになります。
デザインが芸術家の活動だけではなく、企業の売上や商品の価値にも関わる「仕事」として確立されていったのです。
「口紅から機関車まで」
この時代を代表する人物の一人が、フランス生まれのレイモンド・ローウィです。
彼の仕事は驚くほど幅広く、「口紅から機関車まで」といわれるほどでした。鉄道車両、自動車、家電製品、パッケージ、企業ロゴなど、生活と産業のさまざまな分野でデザインを手がけています。
ローウィが考えたのは、単に美しいものをつくることではありませんでした。使いやすく、生産することができ、そして何よりも消費者に「欲しい」と思ってもらえること。そのすべてをデザインの問題として捉えたのです。
ここまで来ると、現在私たちが考える「デザイナー」という職業に、かなり近づいてきます。
おわりに
ヨーロッパで育ってきた近代デザインの思想は、アメリカへ渡ることで、産業やビジネスとさらに強く結びついていきました。
大量につくる。価格を下げる。使いやすくする。そして、選んでもらえる魅力をつくる。
アメリカで発展したインダストリアルデザインは、「良い形とは何か」という問いだけではなく、「人はなぜ、その商品を欲しいと思うのか」という問いまで、デザインの領域を広げていったのです。
【参考資料】
アメリカとインダストリアルデザインの図案や作品画像を含む、より詳しい参考資料については、私が別途まとめている記事でもご紹介しています。
ココナラの仕様上、この場で具体的なURLは記載できませんが、検索エンジンで「増田恵一デザインブログ」などと検索すると、関連する記事が見つかりやすくなります。