第21回 終わりなく広がる美しさ「イスラムの装飾とアラベスク」
これまで世界の文様をたどってきましたが、その中でもひときわ緻密で、数学的ともいえる美しさを持つのがイスラム美術の装飾です。
モスクの壁や天井、タイル、写本、織物などを見ていると、幾何学模様や植物のつるがどこまでも続いていくような、不思議な感覚を覚えます。そこには単なる装飾を超えた、イスラム文化ならではの世界観が表れています。
描かないことから生まれた美しさ
イスラム美術について、「人物や動物を描くことが禁止されている」と説明されることがあります。しかし、これは少し丁寧に見ておく必要があります。
イスラム世界では、特に宗教的な空間において偶像崇拝を避ける考え方が重視され、人物や動物の表現が控えられてきました。一方で、すべての時代や地域、あらゆる美術において人物や動物の表現が一律に禁止されていたわけではありません。
そのような文化的背景の中で、宗教建築や装飾では、幾何学文様や植物文様、そして美しい文字を用いた装飾が大きく発達していきました。
何かを描けないことは、表現を狭めることのように思えるかもしれません。しかし、その制約があったからこそ、別の方向へ驚くほど豊かなデザインが発展したとも考えられます。
数学から生まれる幾何学の美
イスラム装飾を見て驚かされるのが、非常に複雑な幾何学文様です。
円や正方形、星形、多角形などを規則的に組み合わせ、一つの形を繰り返していくことで、画面全体を埋め尽くすパターンがつくられます。一見すると複雑ですが、その背後には明確な規則があります。
小さな一つの形が隣の形とつながり、さらにその隣へと続いていく。どこが始まりで、どこが終わりなのか分からないほど広がっていく文様には、無限の世界を感じさせる魅力があります。
現在のパターンデザインで使われる「同じ形を規則的に繰り返し、平面を埋める」という考え方を、極めて高度な水準まで発展させた装飾ともいえるでしょう。
植物が永遠に伸びていく「アラベスク」
イスラム美術では、植物をもとにした装飾も発達しました。
つるや葉、花などの形を抽象化し、それらを曲線でつなぎながら繰り返していく。植物は現実の姿から離れ、どこまでも成長を続けるような文様へと変化していきます。
こうしたイスラム圏の植物文様を中心とした装飾は、ヨーロッパで「アラベスク」と呼ばれるようになりました。
以前ご紹介したギリシャの唐草を思い出すと、ここにも興味深いつながりが見えてきます。植物のつるを連続させるという古くからの装飾は、さまざまな地域を旅し、それぞれの文化と出会いながら姿を変えていきました。
イスラム美術では、それがより抽象的で緻密な、終わりのない植物世界へと発展していったのです。
文字そのものも美しい装飾になる
イスラム美術を考えるうえで、もう一つ重要なのが文字です。
イスラム教の聖典であるコーランの言葉は非常に大切にされ、アラビア文字を美しく書く「カリグラフィ」が高度に発達しました。
文字は文章を読むためだけのものではありません。線の太さや流れ、文字同士の間隔、全体の構成を整えることで、文字そのものが美しい造形になります。
モスクなどでは、幾何学文様、植物文様、カリグラフィが一つの空間の中で組み合わされています。
「文字もデザインである」ということを、イスラム美術ほど鮮やかに見せてくれる文化はなかなかありません。
人物が描かれたイスラム美術もある
一方、イスラム世界には人物や動物を描いた美術も存在します。その代表的なものが、ペルシアなどで発達した「ミニアチュール(細密画)」です。
そこには王侯の生活や物語の場面、狩猟、宴、庭園などが、驚くほど細かな描写で表現されています。人物や馬、鳥などの動物も登場し、背景には色鮮やかな草花が咲き乱れています。
特に庭園は重要なモチーフでした。水が流れ、木々が茂り、花が咲く庭園は、楽園を思わせる理想的な世界として表現されています。
宗教建築に見られる抽象的な幾何学文様と、物語を描いた華やかな細密画。同じイスラム文化の中に、これほど異なる表現が共存しているところも興味深い点です。
制約は、新しいデザインを生む
イスラム美術を見ていると、デザインにとって「制約」は必ずしも悪いものではないことに気づきます。
使える形や表現に一定の制約があれば、その中でどうすれば豊かな表現ができるのかを考えるようになります。その結果、幾何学、植物、文字という限られた要素から、驚くほど多様なデザインが生まれました。
これは現代のデザインでも同じです。使える色が二色しかない、決められたスペースに収めなければならない、特定の文字を使わなければならない。そうした条件があるからこそ、工夫が生まれ、思いがけない表現へたどり着くことがあります。
おわりに
円、星、多角形、植物のつる、そして文字。イスラム美術は、それらを繰り返し、つなぎ合わせることで、終わりなく広がっていくような世界をつくり上げました。
一方では、ペルシアの細密画のように、人や動物、草花に満ちた物語の世界も生み出しています。
一つの文化を「人物を描かない美術」と単純に捉えてしまうと、その豊かさを見落としてしまいます。そこにある宗教や生活、地域の違いまで知ることで、同じイスラム美術の中にもさまざまな表現が存在することが見えてきます。
文様を見ることは、その形だけを見ることではありません。なぜその形が選ばれ、なぜそのような美しさが生まれたのか。その背景にある文化を知ったとき、装飾はさらに面白く見えてくるのです。
【参考資料】
図案や作品画像を含む、より詳しい参考資料については、私が別途まとめている記事でもご紹介しています。
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