スンナ派:ムハンマドの慣行(スンナ)に従う人々。ムスリムの9割を占めています。ムハンマドの後継者として、「共同体での合意による選出」を尊重し、アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーの4人を正統カリフとして認める立場。
シーア派:「シーア」とは「党派」の意味で、「シーア=アリー(アリーの党派)」が略された呼称。ムハンマドの従弟にして、ムハンマドの娘婿でもあるアリーとその子孫のみをイマーム(指導者)とします。「血族による世襲」を主張する立場で、ムスリムの約1割を占めます。
イスラーム哲学:アラブ人至上主義のウマイヤ朝からイスラーム教世界帝国アッバース朝が成立し、ペルシアやエジプトといったギリシア文化の影響が色濃く残っている地域が支配下に入ると、ギリシア以来の哲学・医学・数学・天文学などの諸学問が盛んにアラビア語に翻訳され、イスラーム哲学が誕生します。例えば、アッバース朝第7代カリフ、マアムーンはバグダードに翻訳を行う官庁を置きますが、これがいわゆる知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)です。ここでギリシア語やシリア語、パフラヴィー語に加え、インドからもたらされたサンスクリット語などさまざまな文献が集められ、これらを相互に翻訳・研究が行われました。アラビア語の言語学とコーランの解釈から発達した神学・法学は「固有の学問」と呼ばれるのに対して、ギリシアやインドなどの非アラブ地域からもたらされた学問を「外来の学問」と言っており、こうした学問的蓄積・発達は後に十字軍を通してイスラーム文化に触れたヨーロッパ世界に衝撃を与え、今度はアラビア語文献を盛んにラテン語に翻訳する中で「12世紀のルネサンス」が誕生します。ちなみにキリスト教の教父に東方ギリシア教父と西方ラテン教父がいて神学的基礎を固めたように、イスラーム哲学にも東方イスラーム哲学と西方イスラーム哲学とがあります。
(1)キンディー:東方イスラーム哲学者。「アラブの哲学者」と呼ばれ、地理・歴史・数学・音楽・医学・政治など広範な知識を持ち、ギリシア語文献からアラビア語文献への翻訳指導に当たっています。アリストテレス哲学や新プラトン主義の影響を受けつつ、後のイスラーム哲学の基礎になる知性論を展開しています。
(2)ファラービー:東方イスラーム哲学者。イスラーム世界でアリストテレスが「第一の師」と呼ばれる中、それに続く「第二の師」と呼ばれ、キンディーが開いた道に基礎を固めたとされます。ファーラービーの論及した問題は後のヨーロッパの中世哲学の要になるようなものばかりで、、後のヨーロッパのスコラ哲学で大論争となったいわゆる普遍論争は、ファラービーに端を発しているともいわれています。
(3)イブン・スィーナー(アヴィセンナ):東方イスラーム哲学を完成させた絶頂期の哲学者。自然学・哲学・医学を修め、『医学典範』はアラビア医学にギリシアのヒポクラテスやローマのガレノスなどの医学を加え、さらにインド医学も取り入れて、完成させた大著で、12世紀にラテン語にも翻訳され、ヨーロッパの医学にも大きな影響を与え、長く医学の教科書として用いられました。
(4)ガザ―リー:バグダードのニザーミーヤ学院で教鞭をとっていた神学者、東方イスラーム哲学者。「ムハンマド以後に生まれた最大のイスラーム教徒」として敬意を集め、スンナ派がイスラーム世界の中で多数派としての地位を確立する過程の中で最も功績があったとされ、彼の理論はファトワー(法的回答)を発する多くのウラマー(イスラーム世界の知識人)によって、クルアーンやハディース(預言者ムハンマドの言行録)と共に参照されています。やがて、理性への疑いを抱いた精神的危機(第一の危機)を経たガザーリーは、スーフィズム(イスラーム神秘主義)への回心と世俗への執着に葛藤する第二の危機を乗り越え、スーフィー(スーフィズムの信奉者・修行者)として放浪の旅に出ています。
(5)イブン・バーッジャ(アヴェンパーケ):イブン・ルシュドを頂点とする西方イスラーム哲学の最初の哲学者。徹底した合理主義を唱え、後のヨーロッパの哲学に大きな影響を与えたイブン・ルシュドの思想の基礎作りを行ったとされます。
(6)イブン・ルシュド(アヴェロエス):イブン・バーッジャの弟子イブン・トファイルの後継者として登場し、イブン・スィーナーと並んで、イスラーム世界最大の哲学者として知られています。イブン・スィーナーの新プラトン主義的なアリストテレス解釈を批判し、膨大なアリストテレス注釈を書いたことで知られ、ラッファエッロ・サンツィオの代表作である「アテナイの学堂」には、ギリシア哲学者の一人として描かれています。その著書は中世ヨーロッパのキリスト教のスコラ学者によってラテン語に翻訳され、ラテン・アヴェロエス派を形成しており、解剖学、生理学、病理学、診断、治療学、衛生学、病気の治療の各科を論じた『医学大全』のラテン語訳は、何世紀に渡って西洋の医学の教科書となりました。
スーフィズム:神人合一を求めるイスラーム教の神秘主義。ヨーガやヒンドゥー教のバクティ(信愛)運動との接点となりました。インドのイスラーム化が進む中で、カビールはスーフィズムとバクティを融合させ、その思想を受け継いだナーナクはシク教を創設しました。
イスラーム原理主義:イスラーム世界で近代化・欧米化が進むとともに、ウンマ(イスラーム共同体)の伝統が崩れていくのに反発し、聖典クルアーンの精神に立ち返って、シャリーア(イスラーム法)に基づく本来のイスラーム社会への復帰を求める思想および運動。イスラーム本源主義、伝統回帰主義、イスラーム復興運動とも呼ばれます。18世紀末にワッハーブ派、19世紀後半にはアフガーニーの改革運動などに始まり、ホメイニ師によるイラン・イスラーム革命、アフガニスタンのタリバン政権、アルカーイダによるアメリカ同時多発テロ、中東で勢力を伸ばしたイスラーム国(IS)など過激な運動ともなっています。