改造自動車の構造変更のやり方初級編その①

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構造変更と聞くと物凄く難しいように聞こえると思いますが…

私は約40年余り自動車関連の仕事をしていて、主に輸入車の排ガス検査や新規登録を始め改造自動車の構造変更を行なっています。
私がこの業界に入ったのが1982年の頃で、今のような時代と全く異なり改造自動車=暴走族というレッテルを貼られた時代でした。
車検場も今と違いすごく閉鎖的な環境で素人が今のようなユーザー車検などという制度などない時代でした。
そこで私は自分の車を修理できるようにと自動車業界に入ることになったのです。
その頃では珍しい中古部品の卸をしている会社に入社して、そこの板金工場に配属されました。
そこで毎日のように自動車解体屋さんを回り、部品を仕入れては会社でその部品を再生して出荷するのが仕事でした。

自動車関連には入ったものの、車検とは縁遠い感じの業務で始めの頃は仕事でも車検場に行くのが嫌でした。
当時、私はスカイライン(いわゆるケンメリ)を乗っていてしょっ中ぶつけては会社で治し、またぶつけては治しの日々でした。
今思えば、本当に運転が下手くそでした・・・
その仕事も1年足らずで辞めて、次の仕事が純正部品の卸の会社に入社したのです。
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写真は当時、私が乗ってたケンメリ(昭和48年式 2000 GTX)

部品を取り扱う傍ら、あちこちの整備工場や中古車屋に出入りするようになり知り合いがとても増えました。
その会社は2年くらい勤めましたが、次の仕事に行くキッカケがあり中古車販売の会社に入社しました。
その会社で私は1ヶ月目から営業の中でトップセールスになり会社からはとても評価されましたが、セールスの仲間(先輩セールス)から目の敵にされ半年も経たないうちに退社することになったのです。

営業職は会社からは評価されても仲間は認めてくれないものだと嫌気がさしていたと所に地方の会社が東京に新たに営業所を作るという話があり、私がそこの責任者として抜擢されたのです。
その会社はいわゆるスポーツパーツなどと言われる改造部品の卸で全国のオートバックスに卸す業務が中心でした。
始めて半年くらいは好調でしたが、1年目あたりになると本社の経営が怪しくなり私の給料が滞り始めました。
それでも私はどうにか東京営業所を守ろうと必死になり営業をしてました。
しかし、1年半になろうとした所で本社が倒産となり結果、東京営業所も閉めざる得ない状況になりいきなり無職に逆もどり・・・

そんな頃、一方で草レースを始めていたので小さいながらも自分の工場を持つことも出来ていたのです。
しかし、その工場は自分のレースカーを維持とメンテナンスする為の工場でお客様の車両を整備するようにとは全く考えていませんでした。
しかし、無職のままでは工場の家賃なんて払える訳も無く部品の卸をしていた頃に知り合った整備工場や中古車店を回り下請けとして作業の依頼を受けるようになりました。

下請けと言っても整備士の資格がある訳でもなく、まともな工具すら持っていないのが現実で解体屋回りで覚えた分解だけが取り柄でしかなかったのです…しかし、それがかえって良かったと今では思えています。
仮に、どこかの整備士学校に通って資格優先で仕事に就いたら一般的に普通の自動車の整備をするようになっていたでしょう。
誰もやりたがらない面倒くさい仕事が回ってくるようになったのです。
自分でも改造車を乗っていて、車検が通らないのは分かって改造していたので、改造した箇所を車検の度にノーマルに戻す仕事がとにかく嫌いで、どうにかこのまま車検が取れないものかと考えるよになったのです。

これが、私が改造車を構造変更する仕事を始めるきっかけになったのです。

To be continue…
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