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改造自動車の構造変更のやり方初級編その②

構造変更と聞くと物凄く難しいように聞こえると思いますが…私が構造変更を仕事にするようになった理由は先のブログでも記載しましたが、その当時は警察もかなり横暴で取り締まりというより煽り運転で止める輩と変わらないくらいの勢いでいつも止められては切符を切られていました。おかげで免許が更新まで持ったことが無く、更新前に取り消しなんて事もあったですね・・・しかし、そのゆう経験を何回もしてると人はやはりお利口になります。走る道は裏道街道まっしぐらで、東京の道は大抵裏道でどこでも行けるようになりました。おかげで今でもナビなしで東京はほとんど走れます…😁2台目に買ったB110クーペ(環七のガードレールの餌食になりご臨終)1台目のケンメリは結果、車検が通らず泣く泣く解体屋さん行き・・・もうすでにこの頃は中古車屋さんの知り合いがいたので、ローンを組まなくても安く車が買えるようになっていた。といってもいわくつきの車…名義変更ができなかったのです😂まあ、この頃は大して気にならなかったけど普通に乗り回していました。結局、この車も車検を通す事なくガードレールに張り付いてご臨終となったのです。警察には捕まるわ、車検は通らないわみたいな年月が続き少し嫌気がさしてきて良く考えるようになった。ある時、おまわりに捕まったキッカケで仲良くなった・・・と言っても友達になった訳じゃない。タマタマ友達の兄貴がおまわりになっていた。その友達の兄貴が私に言った一言…お前は法律を知らないから捕まるんだよ!確かに政治家とか捕まってもすぐ出てきたり、大してお咎めなかったりするね…まあ、自分達で都合のいい法律を作ってるんだから自分に有利
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改造自動車の構造変更のやり方初級編その①

構造変更と聞くと物凄く難しいように聞こえると思いますが…私は約40年余り自動車関連の仕事をしていて、主に輸入車の排ガス検査や新規登録を始め改造自動車の構造変更を行なっています。私がこの業界に入ったのが1982年の頃で、今のような時代と全く異なり改造自動車=暴走族というレッテルを貼られた時代でした。車検場も今と違いすごく閉鎖的な環境で素人が今のようなユーザー車検などという制度などない時代でした。そこで私は自分の車を修理できるようにと自動車業界に入ることになったのです。その頃では珍しい中古部品の卸をしている会社に入社して、そこの板金工場に配属されました。そこで毎日のように自動車解体屋さんを回り、部品を仕入れては会社でその部品を再生して出荷するのが仕事でした。自動車関連には入ったものの、車検とは縁遠い感じの業務で始めの頃は仕事でも車検場に行くのが嫌でした。当時、私はスカイライン(いわゆるケンメリ)を乗っていてしょっ中ぶつけては会社で治し、またぶつけては治しの日々でした。今思えば、本当に運転が下手くそでした・・・その仕事も1年足らずで辞めて、次の仕事が純正部品の卸の会社に入社したのです。写真は当時、私が乗ってたケンメリ(昭和48年式 2000 GTX)部品を取り扱う傍ら、あちこちの整備工場や中古車屋に出入りするようになり知り合いがとても増えました。その会社は2年くらい勤めましたが、次の仕事に行くキッカケがあり中古車販売の会社に入社しました。その会社で私は1ヶ月目から営業の中でトップセールスになり会社からはとても評価されましたが、セールスの仲間(先輩セールス)から目の敵にされ半年も経たな
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