前回、この記事を書くきっかけであり、カイロンが1ハウスにある例として、ロックンロールの始祖のひとりとも言われているミュージシャンのリトル・リチャードを例に挙げました。ようやく、彼のドキュメンタリー映画『I am everything』を観ることができました。色々気付いたことがありますが、まず、彼のことを話す時に「クィア(Queer)」という言葉がよく使われています。性的指向の意味に限らず、「異端」としてのこのクィアという言葉が、まさに天体カイロンを象徴的に表しています。それはカイロンの「傷」の元でもありますが、同時に、もう一つの重要なキーワード「癒し」の鍵でもあるのです。カイロンのマーク自体、鍵の形をしています。もしかしたら、「一番深い傷」を意味するカイロンを攻略することが、人生において重要な扉を開く鍵であるのかもしれません。
① カイロンの入っているハウスやサイン、アスペクトする天体(以下、これを「カイロンのプレイスメント」と書きます)が意味することにおいて、それをストレートに表現できないような阻害、邪魔が入る。リトル・リチャードのように1ハウスだったら、自分をストレートに表現できないような阻害で、自分のアイデンティティや出自に関する傷となる。その阻害物とは社会規範、社会基準のような社会的リアリティが元になっていて、それによって恥をかくようなこと、罪の意識を植え付けられるような経験をする。
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② カイロンのプレイスメントが意味することにおいて、何か自分は人と違うんじゃないかという違和感、コンプレックス、自己肯定感の低さを持つようになる。他の人はスムーズに行っているのに、なんか自分は違う。そのハウスやアスペクトする天体のことに関して何か変な感じ、何かが異常。スムーズにストレートに行かないため、そのことに関して自分は縁遠い、不相応、不適格なんじゃないかという思いが気づかないうちに芽生えている。
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③ 疎外感や隔たりから、そのことに関してよそよそしくなり、躊躇、孤立していく。あるいは孤立させるような出来事が起こる。この傷や痛みに関しては人に相談できないようなことがある。そう思わせるようなこと。一匹狼な対処が迫られるため、その苦しさから過補償(劣等感をカヴァーするような偽りの装飾で優越感を得るまで穴埋めしようとすること。多くは何らかの社会的ステータスなど)を求める。それが自分自身を傷つけることになる。