カイロンを深掘りする(心理編)

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前回の記事で、西洋占星術で用いられる主要な小惑星の一つであるカイロンについて、神話から掘り下げていきました。今回は、占星術において、その神話から天体カイロンに付与されているキーワードを心理的に深掘りしていきます。未読の方は、ぜひ神話編を先にお読みください。

この神話から、天体カイロンには「傷」という意味が与えられています。これは自分の中にある一番コアな深い傷を意味します。とはいうものの、自分ではよく気づいていない場合も多いかもしれません。特に30歳より若い年齢の頃は、それまでに何かしらの痛みを伴う経験をしていても、そこに目を向けると痛みがあるため、傷口からは自然に目を背けていて、その傷がどこにあるのか、何が原因だったのか、わからなくなっていることが多いかもしれません。それが何だったのかを教えてくれるのがカイロンのプレイスメントです。なぜなら、カイロンこそがその傷口を意味するからです。

前回、この記事を書くきっかけであり、カイロンが1ハウスにある例として、ロックンロールの始祖のひとりとも言われているミュージシャンのリトル・リチャードを例に挙げました。ようやく、彼のドキュメンタリー映画『I am everything』を観ることができました。色々気付いたことがありますが、まず、彼のことを話す時に「クィア(Queer)」という言葉がよく使われています。性的指向の意味に限らず、「異端」としてのこのクィアという言葉が、まさに天体カイロンを象徴的に表しています。それはカイロンの「傷」の元でもありますが、同時に、もう一つの重要なキーワード「癒し」の鍵でもあるのです。カイロンのマーク自体、鍵の形をしています。もしかしたら、「一番深い傷」を意味するカイロンを攻略することが、人生において重要な扉を開く鍵であるのかもしれません。

この映画で、ところどころに宇宙のイメージ、準星のモチーフが登場するのですが(そこがまた天体カイロンともリンクする感じがしました)、映画を観た後に製作者のインタヴューなどを調べたところ、それは監督がリチャードに対して抱いている天体(cerestial body)的なイメージで、しかし、その天体は宇宙ではなく地球上のリアリティの中にいる、そのことで巻き起こるストラグルを象徴しているようです。なんとも深いですが、これはもちろん、リチャードだけでなく、地球上にいる我々すべての人間に言えることだと思います。まさに、このストラグルがカイロンの「傷」を表しています。

エンドロールでリトル・リチャードのトゥッティ・フルッティに続いて最後に流れていたこの音楽がとても印象的でした。この曲は上記のことをイメージして作曲されたそうです。タイトルの”Quasar”は「準星」の意味。カルミックともいえる大きな矛盾に満ちて神聖と世俗を行ったり来たりしたリチャードのストラグルと、この地球上のリアリティを感じさせるようで、ミステリアスでずっしりくるものがありました。



神話のカイロンを思い出してみましょう。彼は他のケンタウロスと違っていたため、それを恥じた親に捨てられ、まずそのことで負っている心の傷があります。このストーリーから、「心の傷」が元となって、天体カイロンが示す事柄ではさまざまな感情が渦巻く内面的プロセスを経ていくことになります。傷の痛みがこのプロセスの中にあるのですが、この大きな感情のスペクトラムに向き合って初めて、じゃあどうしたらその傷が癒せるかということが見えてきます。それなしではカイロンの「癒し」には繋がらないのです。

では、天体カイロンを表す数々のキーワードから、そのプロセスがどのようなものか、典型的な流れを順番に追っていきます。


① カイロンの入っているハウスやサイン、アスペクトする天体(以下、これを「カイロンのプレイスメント」と書きます)が意味することにおいて、それをストレートに表現できないような阻害、邪魔が入る。リトル・リチャードのように1ハウスだったら、自分をストレートに表現できないような阻害で、自分のアイデンティティや出自に関する傷となる。その阻害物とは社会規範、社会基準のような社会的リアリティが元になっていて、それによって恥をかくようなこと、罪の意識を植え付けられるような経験をする。
② カイロンのプレイスメントが意味することにおいて、何か自分は人と違うんじゃないかという違和感、コンプレックス、自己肯定感の低さを持つようになる。他の人はスムーズに行っているのに、なんか自分は違う。そのハウスやアスペクトする天体のことに関して何か変な感じ、何かが異常。スムーズにストレートに行かないため、そのことに関して自分は縁遠い、不相応、不適格なんじゃないかという思いが気づかないうちに芽生えている。
③ 疎外感や隔たりから、そのことに関してよそよそしくなり、躊躇、孤立していく。あるいは孤立させるような出来事が起こる。この傷や痛みに関しては人に相談できないようなことがある。そう思わせるようなこと。一匹狼な対処が迫られるため、その苦しさから過補償(劣等感をカヴァーするような偽りの装飾で優越感を得るまで穴埋めしようとすること。多くは何らかの社会的ステータスなど)を求める。それが自分自身を傷つけることになる。
④ 上記のような段階的な不安定さが他人につけこむ隙を与える。カイロンのプレイスメントに関することに自分が取り組む前に、他人に利用されている場合がある。自分を消費する他者の存在。彼らは自分を好きなだけ消費したのに、こちらは何も受け取っていない。お礼さえ言わずに、自分を踏み台にして他者がのし上がっているように感じる。


以上のような流れが、カイロンのストラグルの典型的なものです。カイロンのプレイスメントが意味することにおいて、自分は異端であるような思い、疎外感、それゆえに求める過補償。そもそも、社会の中でなければ、自分を異端と思う必要もなく、罪の意識を感じる必要もないはずです。「罪」といっても、カイロンの意味する罪は、自分が何か悪いことをしたわけでもなんでもありません(神話のカイロンも、本人は何も悪くないですよね)。でも、自分は異端である、罪深いと思わせるような一筋縄ではいかない出来事と社会の常識がのしかかってくるのです。

そう、カイロンの関わることは、本来一筋縄、ストレートでいいはずのことを、自分のコンプレックスや複雑な難しい状況から、どんどん絡れさせていくイメージがあります。絡れてほどけない糸のようにがんじがらめになっているため、出口がないように見えるのです。


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リトル・リチャードの映画でも、この辺りがありありと描かれていたように思います。クィアな個性によってからかわれたり父から勘当される、黒人だから搾取されて印税がちゃんと支払われない、自分の曲を白人ミュージシャンが歌えばもっと人気が出て、自分は正当に評価されていないなど。このフラストレーションを穴埋めするために、色々なところを行ったり来たり、やりすぎたりしてアイデンティティが揺らぐ様子。それはこれまで彼に救われてきたゲイやクィアな個性を持つ人々をも振り回すものでした。

もっとも、リチャードはアセンダント牡羊座なので、大きなストラグルの中においても明るくて、エネルギッシュでギラギラしていて、パイオニア精神で勝ちに行く気満々で悲壮感はあまり感じないのですが(本当にアセンダント牡羊座らしいキャラ出てますよね😅 そこが魅力)、矛盾だらけになってまでキリスト教的な一つの価値観に自分を押し込めていくことや、結婚などは、カイロンの傷の痛みからくる心の弱さから過補償をしているようにも感じました。その価値観に押し込めることで、ゲイを公言している自分をわざわざ罪人にしてしまいます。それくらい、社会のリアリティが厳然と立ちはだかっているということなのですが。

しかし、このような大きなストラグルを経験することによって、カイロンが関わるエリア内のことにおいて、たくさんの知恵を得ることになります。なぜ皆が同じようなことで苦しんでいるのか、そこから抜け出すにはどうしたらいいか、自分が120%経験したことによって誰よりも知ることになるのです。それがカイロンの知恵と癒しです。


そして、学んだことを伝えることによって、同じようなことで苦しんでいる多くの人が解放されます。その新しい道に多くの人がインスパイアされます。ちょうど、神話のカイロンがたくさんの弟子を持つメンターであったように。まさに、たくさんの人のアイデンティティの表出に新しい道を切り開き、音楽でインスパイアしたリトル・リチャードのように。

「傷ついたヒーラー」と呼ばれる理由。ただ、その知恵を得る頃には自分の傷を癒すにはもう手遅れというように、カイロンは「自分の傷を癒すことはできなかった」というストーリーで、天体カイロンにもそのような意味が含まるとされています。自分のもがき苦しんだ経験で他者を癒すことはできても、結局自分は癒せないのか・・・そう考えるとやりきれない気持ちにもなってしまいますよね。「手遅れ」になる前に、早く学ぶことができたらいいのでしょうか。

傷や癒しを扱うように、カイロンはスピリチュアルな天体です。一筋縄ではいかないリアリティの中で、自分の魂に嘘をつかず、過補償に足を取られずにまっすぐ輝ける選択は何か、カイロンのプレイスメントはそれが試されている部分でもあるように思います。

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