親の老いを受け入れることは、自分の老いを予習すること

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母の足が、だらんと力を失った瞬間を、私は忘れられない。
訪問看護師さんが、いつものように母を立ち上がらせようとした。でも、母の足は床についたまま、何の力も入らなかった。
だらん、と。
まるで、糸が切れた人形のように。
「これは、脳梗塞だ」
私は瞬間的にそう思った。命に関わる。すぐに救急車を呼んだ。
母は、脳梗塞で右半身麻痺になった。
それから、在宅介護が始まった。
母が自分の足で立ち上がれなくなったあの日から、私の中で何かが変わった。
いや、正確には、「受け入れざるを得なくなった」と言うべきかもしれない。
母が、もう「昔の母」ではないということを。
母は5年前、84歳で亡くなった。
今、私は59歳になった。
母を介護していたあの頃、私は気づいていなかった。
母の老いを見ることは、自分の未来を見ることだったのだと。
母の足が力を失ったあの日、私は「母が弱くなった」と思った。
でも今なら分かる。
あれは、母だけの話じゃなかった。
あれは、30年後の私の足だった。
いつか私も、立ち上がれなくなる。
いつか私も、誰かの手を借りなければ生きていけなくなる。
いつか私も、自分の体が思うように動かなくなる。
母の老いを受け入れるということは、自分の未来を受け入れるということだった。
母が右半身麻痺になってから、私は母の体を支え続けた。
トイレも、着替えも、食事も。
母の体は、日に日に小さくなっていった。
昔、私を抱きしめてくれたあの腕は、今は私が支えなければ動かせない。
昔、私の手を引いて歩いてくれたあの足は、もう二度と立つことはなかった。
母の老いを見ることは、辛かった。
でも、もっと辛かったのは、その先に自分の姿を見てしまうことだった。
母のように、私も老いる。
母のように、私も弱くなる。
母のように、私もいつか、誰かの手を借りなければ生きていけなくなる。
それが怖かった。
だから、母の老いを「受け入れたくない」と思った。
母がまだ元気だと思いたかった。
母がまだ自分でできると信じたかった。
でも、母の足は、もう二度と力を取り戻すことはなかった。
母が亡くなってから、ふと思った。
母は、私に未来を見せてくれていたのかもしれない。
老いること。
弱くなること。
誰かに頼らなければ生きていけなくなること。
それは、決して惨めなことじゃない。
それは、人間が生きていく上で、誰もが通る道だ。
母の足が力を失った瞬間、私は「母が壊れた」と思った。
でも違った。
母は壊れたんじゃない。ただ、老いただけだった。
そして、それは私にもいつか訪れる。
今、私は59歳になった。
母が立てなくなった年齢まで、あと何年だろう。
いや、もっと早いかもしれない。
親の老いを受け入れることは、自分の老いを予習することだ。
いつか私も、立てなくなる。
いつか私も、誰かの手を借りる。
いつか私も、「ありがとう」と言いながら生きていく。
それは、決して恐れることじゃない。
それは、人間の弱さを受け入れることだ。
そして、いつか弱くなる自分を、今から少しずつ許していくことなのだと思う。
母は、もういない。
でも、母が教えてくれたことは、今も私の中に生きている。
老いることは、終わりじゃない。
弱くなることは、惨めなことじゃない。
それは、人間が生きていく上で、誰もが通る、ただの道なのだから
介護は、技術じゃなく関係性です。
正しさで壊れる前に、自分を守る考え方を持つこと。


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