観察眼を自分に向ける

記事
コラム

猛烈な暑さの8月の終わりですね~
いかがお過ごしですか?

わたしは久々にゆっくり起きた朝で
のんびり過ごす朝も悪くないなあって
思っています。

自分が満たされていることに気づくにも
余裕がないんだなって気づくにも

実は余裕、余白がないと
そもそもできないなあって最近特に思っていて。



余裕がなくなってるなって思ったときは
敢えて

音楽を聞かず

スマホを閉じて
読書映画などのエンタメから離れ、
じっと感じいる時間をゆっくりとると

静かに余白が立ち現れることを
実感しています。

わかりやすい刺激で満たされる箇所は
わかりやすい刺激がやめば

より渇きを伴って、
深いところにある本質の源泉から
さらに遠ざかる方に
誘われていくものじゃないかと思います。

なんやかんやと理由をつけて
目の前の
簡単にみえる誘惑に負けて
そこから目を背けているうちは
静かに蝕まれることを許可する姿勢となり
さらに本質から遠ざかる

昨夜、楽しい時間の中で
幸福感を伴って
わたしに流れ込んできた力は

刺激で誤魔化しながら本質から遠ざけてきた渇き
=引力
を無効化して、
瞬時に現在地を認識できるようになった、くらいの力がありました。

このプロセスがとても興味深くてね
しばらく眺めていようと思います。

ここまで書いてきて
ふと約4年前に書いたものを思い出しました。

観察眼を、フラットに自分に向けることで

本質を見つけられたり、
一時的に忘れたとしても
思い出せたりするんだよなってたまに読むやつ。

今の自分を見て知って
喜びや幸せを受け取りながら
生きていきたいとおもうのです✨

ではでは
以下からどうぞー
………

わたしは、あい変わらず忙しくしつつも
とにかく心がけているのは


自分をよくみてあげて、
よく手をかけてあげることです😊

「今どうしてる?なにか欲しいものない?
どうして欲しい?」

っていう目で、あえて自分を見ています笑。


それはまるで、幼い子供や、動物に注ぐような視線かも😅


自分で「こうして欲しい」が言えない状態の
患者さんを観察するときにも似ています。

対人援助の場面では

ありとあらゆる情報
(検査データ、画像、社会的背景、生育歴、発達段階、
既往歴、生活習慣、対話する中での反応などなど)


今得られる情報
(観察者の五感を使って意識的、無意識的に収集するもの)

と統合して、科学的かつ経験的に分析するというプロセスを、
毎分毎秒重ねていくのですが(これ、子育てもそうですよね😊)

対クライアントさまや子供には瞬時に起動できる
この「観察」の能力を、対自分に起動させるのが…
これがなかなか難しかったりするのです💦

だからこそ、
あえて、
自分はどうして欲しいのか、何が必要なのかという
自分のニーズを常々キャッチして

少しずつでも叶えてあげようと常に心がけています。

これは、
やらなきゃいけないことが増える
=めんどくさい作業

というわけじゃないから、
一旦このサイクルが回り始めると

小さな幸せを自分に与えて、
自分で受け取ることが癖になっていくので

幸せが勝手に習慣づけられるというわけです😊

…ん?
👆書いていて、

「やらなきゃいけないことが増える
=めんどくさい作業」

って、結構いろんなことに対して思ってるんだなと
気づいてしまった😅

例えば家事だって、それをすることって
もともとは、
・気持ちいい空間で過ごす
・おいしい食事をいただく
・清潔な衣類を纏う

っていう、自分や家族の幸せのためにしていることだわ…

大変でめんどくさい作業に忙殺されている

って思ってしまうのは、
単にいま余裕がないからですね…😅

余裕ができると、
幸せを作る作業を重ねていることを感じながら
楽しく家事もできるから。

っていま気づいたから、
それがギフトだと思って、
さっそく少しの余裕を、自分にプレゼントしようって思いました😊

そうだなあ、

少しボーッとする時間と
お気に入りのおやつとお茶
大好きなキモノの写真を眺める
明るいうちに
あったかなお風呂にゆっくり浸かって
ストレッチ

あたりを今日のわたしに贈ろうと思います😊


ではではまたー😊

さら


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら